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ĂnĐi(鰆、きゅうり、大葉、穂紫蘇、フェンネル、カリフラワー)

香り、食感、色彩のそれぞれにおいて、散逸しそうなほどの多様性を見事に調和させ、かつ、厳密に調和を重ね合わせている。春の始まりを鮮烈に告げる。

蒸した鰆の下にはカリフラワーのピュレが敷かれ、上には刻んだきゅうり、大葉、穂紫蘇、フェンネルが載せられている。

きゅうり、大葉、穂紫蘇、フェンネル。これらの野菜が調和していることにまず驚くべきなのだろう。この緑の野菜たちは、いずれも個性的で強い香りを持つ植物だ。しかもその調和が、植物分類における科の同一性によって支えられているわけでもないのである。
しばしば、強い香りを持ついくつかの植物が調和をなしているとき、それらの植物の科が同じであることが調和の基盤となっている。例えば、セロリとにんじんは、一見大きく異なった癖の強い香りを持つにもかかわらず、レシピのどこにでも現れうるような強固な組み合わせをなしているが、これらはいずれもセリ科に属する。
しかしながら、この料理では、きゅうりはウリ科、大葉・穂紫蘇はシソ科、フェンネルはセリ科、と植物分類ではてんでばらばらだ。

では、何がこれらの調和をもたらしているのか。あえて言葉にするならば、それは、ごわごわしたかんじの、くぐもった緑の香りを共通に持つことではないか。
別のイメージでこのイメージの補強するならば、例えば、ほうれん草、オレガノ、アップルミント、レモンは、ごわごわしたかんじの、くぐもった緑の香りを持っていないように感じられる。
とても普通のイメージの操作では捉えられないレベルで、これらの植物は共通性を持ち、それが多様な香りに統一的な印象を与えている。

さて、緑の植物たちが、穏やかな爽やかさからなる高いトーンの香りの層をなすとすれば、このお皿には低いトーンというべき別の香りの層がある。カリフラワーのペーストがそれだ。
その優しい土の香りとクリームの香りの層が、しっかりしたコクとうま味とともに、この皿を支えている。カリフラワーの土台がなければ、この料理はとても浮ついたものになってしまっていたことだろう。

そして、たっぷりとしたふくよかな香りを持つ鰆。これまで私が食べてきた鰆は何だったのかと思うほど、豊かな香りがした。
この香り高さの理由を聞くと、シェフは「他の素材に負けないように、塩麹に漬けてから蒸した」と教えてくれた。その説明だけを聞けば、鰆の豊かな香りだと思ったものは塩麹の香りだったのかと考えてしまいそうになる。しかし、改めて確認しても、その香りはやはり塩麹そのものの香りではなかった。塩麹が鰆の香りを引き出したのだろう。
ここで注目すべきは、単純に他の素材に負けないようにするだけならば、味噌に漬けても十分であった、ということだ。だが、そこで塩麹が選ばれたことで、鰆の持つ香りが最大限に引き出され、鮮烈な印象を与える一皿となったのである。

蒸す、という調理法の選択にも、香りに関係する判断を読み取ることができる。
ここでは、焼く、という加熱方法は選択されていない。焼いた鰆にはその香ばしさがあるが、ここではその風味が避けられたのではないか。この皿では、香ばしさはむしろ汚く濁った香りとなり、多様な香りの調和の邪魔をするのかもしれない。
他方、茹でるのではなく蒸していることにも、繊細な香りをできるだけ失わないようにするための配慮が感じられる。

こうして緻密に調理された鰆は、おそらくは高いトーンと低いトーンの両方にまたがるような豊かな香りのプロファイルを持ち、緑の植物やカリフラワーと香りを高めあっているように感じられた。
極めて豊かな香りがする皿だった。この料理の構成要素は、すべてが香り豊かといっていいような素材である。だが、それらがばらばらにならず、ひとつにまとまっている。


食感と色彩も、厳密に構成されている。はっきりとした緑色の野菜は、食感が残る大きさにカットされ、シャクシャクに。その下からのぞく、桜色をした鰆は、もちっとほろほろに火入れがされていた。一番下のカリフラワーのペーストは、ほの白く、滑らかだった。
食感の多様性が楽しく、また、緑、桜色、アイボリーからなる淡い色の組み合わせは、春という印象を呼び起こすだろう。

それに加えて、それぞれがこの食感と色彩を持ち、この順序で配置されていることに、春という季節との連想という観点から意義深さが感じられた。
仮にこの料理が、緑色のペーストが一番下で、その上に白いシャクシャク、一番上に桃色のもちっとほろほろであった場合を想像してほしい。おそらく、春の始まりの料理としては、いささか違和感を覚えるのではないだろうか。
白の上に淡い色彩があり、さらにその上に鮮やかな緑が置かれること、そしてそれぞれが滑らか、もちっとほろほろ、シャクシャクの食感を持つこと。それは、春というものについての私達の一般的なイメージと合致しているらしい。


個性豊かな植物たちの緑の香り、鰆のふくよかな香り、カリフラワーの土の香り。多様な食感と、穏やかな色彩。このお皿に置かれた数多くの要素は、ともすれば、てんでばらばらになってしまいそうだ。しかし、香りにおいても、食感においても、色彩においても、見事な調和を見せている。さらに、それぞれの調和が互いを支え合い、春の始まり、という印象をより強固に喚起している。
実は、この料理には、いわゆる春の食材が数多く使われているわけではないのだった。しかし、そうであるにもかかわらず、これは疑うべくもなく、春の始まりを告げる一皿だ。



これから書きたいと思っているのは「家でできる日本酒の作り方」「ペルー料理を理解するための料理・レストランガイド」「セビーチェのすべて」「ペルー料理を日本料理化する:日秘料理の構想」「砂漠への虚無旅」です!乞うご期待!