「良い問い」を出せるか?

先ほどTwitterにも挙げましたけど、ベスビオ火山の噴火で炭化した古代の巻物を解読するプロジェクトがすごい成果を上げたとのことで、マジで興奮しています。

ポンペイの街を火砕流が襲ったのは西暦79年のことで、ほぼイエスと同時代、まさに新約聖書が書かれていた当時なわけで、その時代の図書館の巻物の解読に大きな突破口が開かれたとのことで、興奮せずにはいられません。

しかし、火砕流で完全に炭化した巻物ですから、当然ながらこれを開いて読むことはできません。えええ?どうやって解読するの?と思われる方はこちらの解説ページを読んでみてください。英語ですがGoogle翻訳でもちゃんと読めます。

ざっくり言えば、OCR(光学的な読み取り機)とか言語モデルとかに頼らず、超高精度のCTスキャンと機械学習によって、巻物の各層のピンポイントの場所のそれぞれに「インクがあるかないか」を判定して、それを組み合わせて映像化していくということですが、そんなことができるのか!?という驚きと共に、この方法論が懸賞による応募のアイデアであったというのも、とても面白いと思うのですね。

古文書の解読ということで言えば、まず思い出されるのが、死海のほとりの洞窟から発見された、いわゆる「死海文書」ですが、こちらが1947年に発見されてから、まとまった形で解読内容が公開されたのが1990年代に入ってから、つまり40年以上かかったことを考えると、今回の取り組みがいかにスピーディだったかが思い知らされます。

私は考古学の専門家ではないので、細かなアプローチの違いについてはよくわかりませんが、大きく異なるのが、死海文書の解読においては、非常に閉鎖的なクローズドのチームが作られて読解に当たったのに対して、今回のプロジェクトではオープンな形で、いろんなアプローチが懸賞によって応募されたという違いがあります。

ポンペイの文書の解読プロジェクトで用いられたのは、いわゆるオープンイノベーションのアプローチなわけですが、率直に言って、ほとんどの企業で取り組まれたオープンイノベーションはさしたる成果もなく、ひっそりとイニシアチブは「無かったこと」にされているイメージがあります。

なぜ、オープンイノベーションには、うまくいくケースと、うまくいかないケースがあるのでしょうか?

オープンイノベーションの最初の事例

オープンイノベーションの可能性を示唆する最も初期の事例はNASAのプロジェクトです。NASAは、長いこと太陽フレアの発生について、その予測精度を高めようとして四苦八苦してきました。太陽フレアの発生に伴い、高エネルギーの粒子が太陽から発散される現象(=SPE)が起きると、放射線のレベルが宇宙空間にある機材や人員に対して、有害な水準に達しかねないからです。

しかし、35年もの長い期間にわたって苦闘したにも関わらず、NASAはSPEの発生、放出量、期間を高精度で予測する方法を見つけられませんでした[1]。内部的な解決の道をあきらめたNASAは、それまでに蓄積したSPEに関するデータをイノセンティブに掲載することを決定します。イノセンティブは、研究開発上の課題を抱える企業が、広くインターネット上で解決策を募るための一種のクラウドソーシングプラットフォームです。

結局、この問題について突破口を開くことに貢献した人物は宇宙物理学の知識も経験も持たない引退した無線技士:ブルース・クラギンのアイデアでした。クラギンの開発した方法によって、8時間前なら85%の確率で、24時間前でも75%の確率でSPEの発生を予測できるようになったのです。ちなみにこのプロジェクトの賞金は5万ドルだったんじゃないかな?

ポンペイの文書の解読も太陽フレアの予測も、いわゆるクラウドソーシングによって解決したわけですが、ではなぜ、多くの企業が取り組んでいるオープンイノベーションは、さしたる成果を出すこともなく終わってしまったのでしょうか?

「解きがいのある問い」を立てられるか?がカギ

あらためてオープンイノベーションという概念をシンプルに説明すれば、それは組織の内部で発生した問題に対して、組織の外部から解決のアイデアを募るという仕組みです。こう説明すれば、それはそれで当たり前に有効だろうと思われるわけですが、かつて大々的に喧伝されたわりには華々しい成功事例は報告されていません。では何が課題なのでしょうか?

ここで「問いの市場」ということを考えてみましょう。世の中には様々な「問い」があるわけですが、その中には、優秀な人を惹きつけて止めない、多くの人が解きたがる「市場で強い問い」と、優秀な人が見向きもしない、解きたがる人の全くない「市場で弱い問い」があることになります。

オープンイノベーションは、社会という「問いの市場」に、自分の問いを掲げ、社会全体から「問いへの回答」を集めるという営みです。このアプローチの成否は、アプローチの巧拙そのものといった枝葉末節にではなく、その問いが、どれだけ「優秀な人が解きたがるような強さを持っているか」という幹にこそかかっています。

ところが、この「幹」に関する議論が、全然されていないんですよね。これまでの研究論文を調べてみると「失敗が許されない人事制度が壁になっている」「オープンイノベーションを推進する人材が不足している」「提携先を見つける機会が少ない」などの表層的な課題が指摘されていますが[2]、おそらくこれらの課題が解決したとしてもオープンイノベーションは覚束ないでしょう。

ここから先は

837字
この記事のみ ¥ 1,000

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?