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『地面師たち』(新庄耕 著)書評 橘玲

12月5日発売の『地面師たち』(新庄耕 著)の書評を、作家の橘玲さんにご寄稿いただきました。『狭小邸宅』以降、すべての新庄作品を読んでいるという橘さんならではの読解です!

※『地面師たち』の下記プロモーションムービーも併せてご覧ください。

「認知の歪み」が破滅への扉を開く

 デビュー作の『狭小邸宅』以来、新庄耕さんの小説はすべて読んでいる。つまり、新庄ファンだ。

『狭小邸宅』はブラックな不動産会社に就職した若者のビルドゥングスロマン(成長小説)として出色だったし、マイホームの買い手をいともかんたんに「ハメて」いくさまざまな手口が暴かれていたことにも驚いた。

ニューカルマ』では、ネットワークビジネスにのめりこむ若者を通して、最後は破綻するに決まっているビジネスモデルの危険な魅力が描かれていた。

サーラレーオ』は舞台をバンコクに移し、安宿で暮らしドラッグを売って糊口をしのぐドロップアウトした若者を主人公にした。

 そして今回のテーマは地面師だ。積水ハウスが東京・五反田の土地取引で55億円を詐取され、社長と会長が辞任した2017年の事件をモチーフに、悲惨な出来事で妻子を失った男が100億円の大勝負に挑む。

 新庄さんの作品の特徴は、主人公といっしょに、読者をヒリヒリするような極限状況に連れていくことだ。主人公は、たいていの場合、よりマシな選択を捨てて最悪の道を突き進んでいく。

 だが一度や二度間違ったからといって、そのまま奈落へと落ちていくわけではない。突然、青空が開け、成功が垣間見えるときがあるからこそ、そのあとの墜落がより深く感じられるのだ。

 もうひとつの特徴は、自分の体験(さすがに今回はないだろうが)と徹底した取材によって、闇ビジネスの裏側が詳細に描かれていることだ。

 私は不動産取引には不案内なので、他人の土地を勝手に売り払うようなことがなぜ可能なのかずっと不思議だった。まさか、所有者に似た人間を探してきて、実印や身分証明書類を偽造し、三文芝居のような演技をして取引相手や関係者を欺き、巨額のカネをだまし取るとは……。

 大企業がこんな猿芝居に引っかかるのは、「認知の歪み」が人間の本性だからだ。目を閉じれば世界は消え、目を開けると世界が現われる。この体験は圧倒的で、ひとは誰もが、自分を「世界の中心」だと(無意識に)思っている。だからこそどんなに常軌を逸していても、「特別な自分」には「特別な出来事」が起きて当たり前だと信じてしまうのだ。

 わたしたちはみな、成功をつかもうとして、あるいは幸福になるために必死に努力している。だが残酷なことに、そうした努力は「認知の歪み」によって報われないばかりか、破滅への扉を開くことにもなりかねない。

 その意味で、新庄さんの作品には珍しく、今回は最後に救いがあってよかった。

たちばな・あきら '59年生まれ。'02年『マネーロンダリング』でデビュー。'17年『言ってはいけない残酷すぎる真実』で新書大賞受賞。近刊に『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由がある』『上級国民/下級国民』などがある。 

(初出:小説すばる2019年12月号)

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