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下問を恥じず


 大学院生だったある日、指導教官の先生に頼まれました「コンピューターの使い方を教えてほしい」。
 時は90年代。コンピューターが急速に普及した時代です。先生の専門は西洋古典でギリシャ語でしたが、コンピューターに興味があったんですね。
 大学のコンピューターで先生に使い方を教えることになりました。
 立ち上げて、まず、デスクトップ上のソフトを開いてもらおうと思い、私は言いました。
「では、マウスでこのアイコンをクリックしてください」
すると先生は、マウスを物理的に持ち上げて、モニターのアイコンに直接タッチさせたのです。さすが、西洋古典の大御所は時代を先取りしています。タッチスクリーンが普及するのはもっと後の事なのに!
 私は笑いをこらえるに必死でした。
 しかし、これは笑い事ではないのです。
 それから三十年。私もいい年になりました。
 私がこれから何か新しいことを学ぼうと思ったら、ほとんどの場合、先生は年下です。下問を恥じていたら、何も学べないのです。私は指導教官の先生を見習わなければなりません。笑われても、年下の人から学ぶ姿勢を忘れてはいけないのです。最初に年下の人を「先生」と呼んだ時には、なんだか違和感を覚えましたが、最近は慣れました。
 しかし、時々、想像して恥ずかしくなります。私は知らずにやっているのかもしれないのです。あの時の指導教官のように、若い先生には思いもつかない失敗をしていて、必死に笑いをこらえてもらっているかもしれないのです。
 それも含めて、下問を恥じず。

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イラスト 灯工房

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