Il a un rendez-vous avec sa petite copine 最終話

注:こちらは「まんが家マリナシリーズ」の二次創作です。


楽しかった2泊3日の小旅行も終わりを迎え、あたしはパリに戻るための荷造りをしていた。
ポシェット1つでどこにでも行っていた昔の名残で、荷物とは言っても鞄一つしかないあたしと違って、シャルルは3つのスーツケースを運ばせていた。
身一つでも泊まれるほどに全てが完備されているのに、何をそんなに持ってきたのかと、あたしは呆れ返って見ていた。
考えてみれば、色々な面で違いすぎるシャルルとあたしの共通点って、何があるのだろう?
うーん、何も思いつかないわね……。

「マリナ、そろそろ行くぞ」
「わ、ちょっと待って」

あたしは急いで鞄のファスナーを閉めると、女の必需品、毛糸のパンツを手に取った。
それを履きながら、そういえばあの時、シャルルに言い損ねたことを思い出した。
今これの重要性を理解させなくちゃ、毛糸のパンツ禁止令なんて出された日には、この先面倒だわ。
あたしはドレッサールームから飛び出すと、シャルルの背中を追いかけて、彼の二の腕を掴んだ。
首だけ動かして、シャルルがあたしを見下ろす。

「なんだ」
「毛糸のパンツは、とても大切なものなの。パリの緯度って北海道と同じなのよ。そのうえ石畳だし、底冷えするのよ、寒いのよ。あたしは、あんたが毛嫌いしようと、何と言おうと、履き続けるわよ!」

シャルルは驚いたように、あたしの顔を穴があくほど見つめてから、突然プッと噴き出すと、顔を横に逸らせて、しばらくの間肩を震わせて笑っていた。

「な、何よ。何がおかしいのよ」

予想外の反応にあたしが面食らって言うと、シャルルは口元を緩めたまま、あたしを見た。

「――あの時は、階下に人の気配がしたから、止めたんだ。ドアは開けっ放しだったし、この家は広くない。マルタン夫人の性格からして、オレたちを探して二階に上がってきかねないからね。オレは見られても一向に構わないが、さすがに一糸纏わぬ姿の君との初対面は、夫人には刺激が強すぎる。それにオレは、マリナちゃんなら、何を履いていても好きだよ。むしろ、外出時の毛糸のパンツは大歓迎だ。悪戯な風にスカートを捲られても、他の男にセクシーな君を見られずにすむからね」

言って、シャルルはニヤッと笑った。
あたしは自分の勘違いに、一気に赤面したのだった。


マルタン夫妻にお別れを言って、あたしたちは階段下の車へと向かった。
シャルルってば、わざわざヘリでここまで来たらしいのよ、贅沢よね。
だから、まずはこの車でヘリポートに向かって、帰りもそのヘリに乗ることになっているはずだった。が、後部座席のドアを開いたダヴィッドに、シャルルは手を出して唐突に言ったのだ。

「カギを」
「は、はい?」
「運転はオレがする。ダヴィッド、君がヘリで帰れ」

シャルルの言葉に、ダヴィッドは一瞬にして青ざめ、オロオロしながら、やっとのことで言葉を発した。

「し、しかし、シャルル様、それでは――」
「オレの言ったことは決定だ、ダヴィッド」

極めて上品な笑みを浮かべながらも、絶対に逆らえない雰囲気で断言したシャルルに、ダヴィッドはそれ以上何も言えずに、黙ってカギを差し出した。
シャルルは、満足そうに微笑んで助手席側に回ると、優雅に扉を開いてあたしに乗るように促した。
そして自分も運転席に乗り込んでから、ダヴィッドの方を振り向いた。

「君が着いたら、パーティーには遅れると、ジルに伝えてくれ。まぁ、彼女のことだから、こうなることは予想してあるだろうけどね。よろしく頼んだよ」

シャルルの言葉に、ダヴィッドは、ますます青ざめたのだった。


昨日の夜のレストランのことや昼間散歩したビーチのことなど、他愛もないあたしの話を、シャルルは運転席で楽しそうに聞いている。
こんなに寛いだ気分になるのは、何ヶ月ぶりだろうか。

アルディ家には常に人がいて、あたしは落ち着くことができなかった。
ゲストとして滞在していた10代の頃とは違って、今は彼の婚約者という立場で、その分、人から注目もされるし、色々と疲れてしまっていた。
もちろん、シャルルはそんなあたしの変化にすぐに気が付いて、言葉にこそ出さなかったものの、あたしがリラックスできるように、手を尽くしてくれていた。
プライベートエリアでは、実際、限られたメイドさんがいるだけになった。
それでも、飲みかけのコップが片づけられていたり、散らかした服が片づけられていたりすることが、あたしの気持ちを暗くさせた。
いつも誰かに見られている気がする、そのことが窮屈だった。

あたしは、隣の席に視線を流した。
サングラスの奥に、シャルルの澄んだ瞳が透けて見える。
車で帰る選択は、きっと彼のさりげない優しさなのだ。
彼は、少しでも二人きりの時間を延ばそうとしてくれたのだ。
シャルルの確かな愛に包まれていることを実感して、涙が溢れてきた。
あたしは、大丈夫だ。
この先、何があろうとも、シャルルと一緒なら、きっと大丈夫だ。
シャルルがいれば、彼がいてくれれば、アルディ家でこれからも暮らしていける、そう思えた。

「ほら」

シャルルが、白いレースのハンカチを差し出した。
あたしはそれを受け取って、涙を拭いた後に、盛大に鼻をかんでから、体ごとシャルルの方を向いた。

「シャルル、ありがとう。あたし、あんたがいてくれるから、もう大丈夫よ。だから、これからもずっと一緒にいてね」

シャルルは、あたしの言葉に僅かに息を飲むと、ハザードを出しながら路肩に車を停めて、ゆっくりとあたしを見た。

「マリナ……」

消え入るように呟きながら、シャルルはあたしの唇にキスを落とした。
そしてゆっくりとサングラスを外すと、頬を寄せながら、今度はあたしの目尻に優しく唇を押し当てた。

「1月25日は、100年先まで君を予約する。忘れないようにスケジュール帳に書いておけ」

シャルルの傲慢な物言いと青灰色の瞳を煌めかせた艶やかな微笑に、あたしは見惚れて放心した後、その意味を理解して頬を赤らめた。

「ほんとに?」
「ああ。約束だ、マリナちゃん」

言って、シャルルは、あたしの頭に少し冷たいその掌を置いた。

窓の外の景色が変わる。
パリまで、あと20km。
でも、もうちょっとだけ、このまま二人きりでいたい。
だから、少しだけ遠回りして帰ろう、ね、シャルル?


(2013年2月9日ヤフーブログに投稿した創作の再掲)


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シャルルBD記念だったので、ベタですが甘々を目指して書いた創作でした。書いた当初も小っ恥ずかしかったですが、読み返した今回も恥ずかしくて叫びそうになりました。

最後まで読んで下さってありがとうございました。

ありがとうございます。創作中の飲み物代にさせて頂きます。