この恋を 4

注:こちらは「まんが家マリナシリーズ 」の二次創作です。


たらふく食べたあたしは、腹ごなしと称してセーヌ河沿いの散歩をシャルルに提案した。
これでさよならするのは嫌だった。
もう少しだけでいいから、一緒にいたかった。

「見て、シャルル。綺麗ね、エッフェル塔がキラキラしているわよ」

言いながら振り返ると、シャルルのブルーグレイの瞳が真っ直ぐにあたしを見ていた。

「ああ、綺麗だ」

その瞳には切なげな光が溢れているように見えて、あたしは焦って目を逸らした。
シャルルにそんな表情されたら、余計なことを口走ってしまいそうだったから。
あたしに残っているのは、後何時間? 
その時間で一体何ができるというのだろう。
シャルルが短い溜息をついた。

「冷えてきた。そろそろホテルまで送っていくよ」
「え? あ……ホテル取ってないのよね」

頭を掻きながら言ったあたしに、シャルルは呆れたような声を出した。

「クリスマスだぞ? 一体どれだけの観光客がパリに来ていると思っているんだ。仮に部屋が空いていたとしても、こんな時間に直接ノコノコ歩いて行ったら断られるに決まってる。仕方がないな、知り合いにホテルの支配人がいるから……」

シャルルはそう言いながらポケットから携帯を取り出し電話をかけようとした。咄嗟に携帯を奪い取ったあたしは、驚いているシャルルの顔を見た。
卑怯だって分かっている。
最後の最後になって、彼の中に自分の痕跡を残そうとしてる自分を浅ましいと思う。
でも、あたしには、その後のことなんて考えられなかった。
この期に及んで、諦められなかった。
この恋を。

「あんたのとこに泊めて欲しい。あたし、ホテル代払うお金ないし」

あたしの言葉に一瞬目を見開いたシャルルは、すぐに皮肉げに唇を歪めた。

「一人暮らしの男の家に泊まる意味が分かっているのか」
「分かってるわ」

次の瞬間シャルルはその瞳に明らかに侮蔑の色を浮かべた。

「君はホテル代のためなら、誰とでも寝るのか。随分な女になったんだな」

その声は低く怒りを含み、あたしは恐怖にたじろいだ。でも、ここで引き下がるわけにはいかないじゃない!

「誰でもいいわけないじゃないわ。あんただから、シャルルだからよ。シャルルとならそうなっても構わない。あたしはシャルルが好きだから……!」

全て言い終わらないうちに、あたしはシャルルに両腕を掴まれ、彼の胸の中へ倒れ込んだのだった。


シャルルのアパルトマンまでの移動中、あたしたちは無言だった。あたしは車窓を流れる夜のパリの景色を横目で見ながら、自分がやろうとしていることへの罪悪感に苛まれ始めていた。

アパルトマンの中に入ると、そこは一人暮らしには広すぎるであろう空間が広がっていた。
シャルルはガラス張りでできた壁の向こう側にあるリビングへとあたしを誘い、あたしにソファーへ座るように促すと、左手の廊下の奥へと消えていった。
所在なくソファーの端に座ったあたしはリビングをキョロキョロと見渡した。
豪華な家具が配置されてはいるけれども、そこに生活感は感じられない部屋だった。
しばらくすると、シャルルはカップを手に現れ、それをソファーの前のローテーブルの前に置いた。
見ると、ホットココアのようだった。

「飲むといい、温まる」
「ありがとう」

セーヌ沿いを歩いたせいで身体が冷えていたあたしは、そっとカップを持ち上げココアを一口飲んだ。程よい甘みに思わず笑みが漏れた。

「美味しい」
「それはよかった」

あたしはココアを飲み終わると、カップを両掌で包み込むように持ったまま、しばらくの間、カップの底を眺めていた。

「和矢と何かあったのか?」

シャルルの突然の言葉に、あたしはびっくりして顔を上げ彼を見た。
その表情は真剣で、シャルルが本気であたしと和矢を心配しているのだと分かった。
ああ、あんたはいつもそうだったわね。
いつもあたしの心配ばかりして。
……だけど、今はその優しさは辛い。
あたしは俯いたままギュッと瞳を閉じた。

「あたしと和矢は、」

その時、電話が鳴った。



ありがとうございます。創作中の飲み物代にさせて頂きます。