この恋を 3

注:こちらは「まんが家マリナシリーズ」の二次創作です。


シャルルが連れて行ってくれたのは、パリ警視庁から歩いて数分の赤い庇が可愛らしいビストロだった。
この寒空の中、外に置かれたテーブル席で談笑するフランス人達を見て、正気の沙汰じゃないと思ったあたしは、シャルルが店内へ続くドアを開けたのを見てホッと胸を撫で下ろした。
店の中はほどほどに混んでいた。
シャルルが店に入ると、テーブルで会話に夢中になっていた人たちが一斉にこちらに視線を向けた。
女性に至っては頬を赤く染めて半ば放心している。
そりゃあシャルルは美しいわよね。
だからといって、一緒にいるあたしに敵意と疑惑の目を向けるのはやめて頂戴!

「ボンソワール、ムッシュー。こちらにどうぞ」

ショートカットと爽やかな笑顔が印象的なマダムが機敏な動きで現れ、すぐに席へと案内してくれた。
柱の陰に隠れて周囲から見え辛いその席に、あたしは安心しメニューを手に持った。

「あんたでもこういう庶民的な店に行くのねぇ。高級なレストランしか行かないのかと思ってたわ」

シャルルは苦笑してあたしを見た。

「君のその服装では、高級なところは無理だからね」

むっ。だって仕方ないでしょうが、あたしはさっきまでクリスマスケーキの売り子をしていたんですからね!って言いたくても言えないのが辛いわっ。
心の中で叫びながらむくれたあたしを見て、シャルルが物憂げに笑った。

「ここは、仕事が終わってから、カークと時々来るんだ。見かけよりもサンパなお店だぜ」
「へー。カークとあんたって水と油だと思ってたけど。あんたに一緒にご飯を食べる相手がいて安心したわ」

それにしても、とあたしはビストロの中を見渡した。
センスはいいけれども雑然とした店内はきっと彼の趣味ではないだろう。
初めてカークがこのお店にシャルルを連れてきた時のことを想像し、椅子が硬いだのテーブルクロスがビニールだのと小言を延々と聞かされたであろうカークに同情してしまったのだった。


前菜を食べ終わり、店の程よい騒々しさのおかげで次第にリラックスしてきたあたしは、ワインの酔いも手伝ってグタグタとシャルルに話しかけていた。

「一生懸命書いたプロットだったのよ、それなのに松井が……」
「松井ってあの甲府の時にいたやつか」
「そうそう! あんたも一緒にタクシーで行ったんだったわね。そういえばあの時、美女丸の家であんたが骸骨を抱えているのを見て、生きてる人間より死んでる人間の方に興味があるんだなって思ったのよね。それで今は鑑定医してるなんて、あんたって相変わらず死体の方が好きなのね。趣味が悪いわ」
「死体は嘘をつかないからね。殺された人間は自分で喋ることができない。犯人について自分で何かを伝えることはできない。だから死体から手がかりを教えてもらうのさ。鑑定医っていうのはね、マリナちゃん、死んだ人の最後のメッセージを聴く仕事なんだ。」

シャルルの言葉にドキンとした。

「じゃ、じゃあ……あんたは、あ、あたしの最後のメッセージも聴いてくれるのね」

シャルルが驚いたように目を丸くした。

「君の?」
「解剖同意書があるでしょう」
「……あぁ。そうだったね……。でも、君の場合はあと100年は死ななそうだな」

シャルルはフッと可笑しそうに瞳を細めた。
そのシャルルの表情に、あたしは胸が締め付けられた。

生きて伝えたい。あんたが好きだって。
やっとあんたに会えたのに死ぬなんて嫌よ。
いっそ言ってしまおうか。
事故にあったの、お願い助けてって。
そうしたら、シャルルはあたしのために日本に行ってくれるだろうか。
あたしが今、目の前から消えてしまったら悲しんでくれるだろうか。

「あ、あのね、シャルル」

その時、ウェイターが料理を運んできて、あたしは我に返って慌てて口を噤んだ。
言うべきじゃないって、心の中でもう一人のあたしが告げていた。
あの時、シャルルの手を離したのは紛れもなくあたしだ。
なのに、こんな時だけ彼を頼ろうとするなんて、最低だもの。

ウェイターが去った後、シャルルは眉を上げてあたしを見た。

「何?」
「……何でもない! さあ、食べましょう」


開き直ったあたしは、これが今生最後の晩餐だと店のメニューを制覇するかのごとく片っ端から食べ始めた。
そして、あたし達のテーブルに運ばれる異常な料理の数は次第に他のお客さんの視線を集め、最後にはシャルルに「いい加減にしろ」と怒られてしまったのだった。



ありがとうございます。創作中の飲み物代にさせて頂きます。