この恋を 6 最終話


「マリナ、マリナ」

呼ばれて、あたしは声のする方を振り仰いだ。
そこにいたのは、降り注ぐ光を白金色の髪にキラキラと反射させて佇むシャルルだった。
思わず見惚れていると、シャルルは甘やかな微笑みを浮かべて「迎えに来たんだ」と言い、くるっと背を向けた。

「迎え? どこに行くの? ねぇ、シャルル。ちょっと待ってよ」

シャルルはあたしの呼び掛けを無視して、ドンドン先に進んでいく。

「ちょっと、シャルル! 待ってってば!」

叫んだ瞬間、あたしは咳き込み、あまりの苦しさに大きく目を見開いた。
そして、心配そうに見つめるシャルルのブルーグレーの瞳を見つけたのだった。
わっ、シャルル!?
驚いて言葉を発しようとしたが、声が出ず、慌てて手を口元に持っていくと何かが口に入っている。
あたしは驚きと混乱で暴れながら起き上がろうとして、焦ったシャルルに止められてしまった。

「気管挿管しているんだ。その他色々繋がっている。バタバタ動くと危ない」
「うーうー」

あたしは苦痛を精一杯目で訴えてから、自分の身体に幾つもの管が繋がれているのを見た。
そして思い出したのだ。
事故に遭ったこと。
シャルルに会ったこと。
あたしの瞳孔を確認していたシャルルが瞳を細めた。

「マリナちゃん、泣くのは少し我慢してくれ」

言われて、あたしは初めて自分が涙を流していることに気がついた。
やだ、恥ずかしい。
あたしは、涙を拭おうと腕を動かしたが、色んな管が付いていてうまく手が届かなかった。
しかも鼻をすすりたくてもうまくできないじゃない。
う、苦しい……。
限界かも。
そう思った時、シャルルが抜管するぞ、と言い、あたしの身体を起こした。
シャルルの合図で息を吐くように言われて、あたしは思い切り息を出した。

「ゲホッゲホッ」
「大丈夫か」

むせ返ったあたしに労わるように声をかけ一通りの処置を終えると、近寄りがたいくらいに真剣な横顔でシャルルは改めてバイタルの確認を始めた。
そして、現実に立ち返ったあたしは、ふーむと考え込んだのだ。

シャルルはどうしてここにいるのかしら。
シャルルに会ったのは夢よね。
だってパリに行って再会したなんて、どう考えたっておかしな話だもの。
ということは、和矢か誰かから頼まれて、シャルルはここにいるのかしら。
だとしたらよ。シャルルにしてみれば、日本くんだりまで来る羽目になって迷惑な話よね。
う、嫌味を言われる前に、とりあえずお礼を言っておこう。

「……ありがとう」

言葉を発したつもりだったけれど、喉が掠れてほとんど声にならなかった。
聞こえなかったかな……。
なんとなく気持ちが凹んで、あたしが俯いていると、頭の上にシャルルの手がフワッとのせられた。

「必ず助けるって言っただろう」

あたしはビックリして顔を上げると、シャルルの顔をまじまじと見つめた。

「君が突然消えてしまったから、日本に飛んできたんだ」

ーーえ?
それは、夢じゃなかったってこと?
パリでのことは夢じゃなかったってこと?
信じられない気持ちで、首を横に振りながらボロボロ泣き始めたあたしを、シャルルはそっと抱き寄せた。

「間に合ってよかった」


しばらくの間、そうしていたあたしたちだったけれど、ここでなんと、あたしのお腹がグーと盛大な音を立ててしまったのだった。
げっ!
あたしは、冷や汗をかくような気持ちで、何かいい言い訳はないかと考え、ふとあるものを思い出した。

「そういえば、あたしのクリスマスケーキはどこにあるのかしら?」
「クリスマスケーキ?」
「そう。ケーキ屋でバイトしてて、そこのオーナーから貰ったのよ。よく考えたらあたし夕飯も食べてないし、お腹が空くのも当然よね。できれば今すぐケーキが食べたいわ」
「……マリナちゃん、残念ながらケーキについては、オレは把握していない。それよりも、君は術後3日間、昏睡状態だったんだぜ。それが覚醒してすぐにお腹が空いたとのたまうとはね。やっぱり今すぐ君を解剖して、その人間離れした身体の謎を解き明かした方がよさそうだ」

げっげっ!
一気に青ざめたあたしを見て、シャルルは肩を震わせてひとしきり笑った後、ところで、と切り出した。

「パリに来たのは、オレに会いたかったからというのは、本当?」
「え? えーと……」

狼狽てキョロキョロしていると、シャルルはあたしの顔を覗き込んだ。

「答えて?」

天使のような美貌が間近に迫り、あたしの心臓はこれ以上ないくらいにバクバクと早鐘のように鳴った。
わーん、心臓が壊れる! 言うわ、言うわよ!

「ほ、本当よ」

あたしの答えにシャルルは甘く瞳を煌めかせ、真剣な面持ちで、それから、と続けた。

「オレとなら一緒に夜を過ごしてもいいって言ったのは、今でも有効?」
「……!? 言ってないわ、そんなこと!」

瞬間、機械のアラーム音が大音量で鳴り響いた。

「おや、心拍数も血圧もあがったようだ」

シャルルは眉を上げてわざとらしく肩をすくめると、ニヤッと笑った。
わーん、まるでうそ発見器じゃないの!
羞恥心のあまりりんごのように赤面したあたしを見て、シャルルは顔を綻ばせて花びらが開くようにフワッと笑った。

「元気になるまではお預けだな。楽しみにしておいて、マリナちゃん」

そう言って、ウィンクしたシャルルがあまりにも魅惑的で、あたしはアラームを盛大に鳴らしながら、再度恋に落ちたのだった。


おわり


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こちらの創作はクリスマス創作として2018年3月に第一話をヤフブロに投稿したものです。
最初は2,3話位で終わる話の予定だったのですが思いの外長くなって更新が止まり、移行してから更新がまた止まり、今回なんとか完結させました。終わってよかったです。
ちなみに1話に出てきたおじいさんは、サンタクロースでした⭐︎

最後まで読んでくださりありがとうございました。




ありがとうございます。創作中の飲み物代にさせて頂きます。