Another version 5

注:こちらは「マンガ家マリナシリーズ」の二次創作です。


口に出してしまってから、しまった! と思った。
伝えるつもりなんてなかったのに。
よりによってこんな状況で口走ってしまうなんて、どんな冷ややかな嫌味を浴びせられるのかと、あたしは下を向き、傷つかないように身構えた。
だけど、シャルルの口から言葉が発せられることはなく、部屋には沈黙が漂っただけだった。
恐る恐るシャルルを見ると、彼は硬直したままあたしを穴があくほど見つめていた。

「嘘だろ」

シャルルは呟いた後、堪らないというように声を絞り出した。

「じゃあ、なぜ会いに来なかった? なぜ5年も……そのまま日本にいた?」
「そ、それは……」

呆然としたシャルルの様子に、確かに今更そんなことを言われても戸惑うだけよねと思って、あたしは自分の愚かさに泣きたい気持ちになった。
冗談だって言えば、笑ってしまえば、いいのかもしれない。
だけど、あたしはもう、自分の想いを誤魔化したくない。
小菅の別れからずっと抱えていたシャルルへの恋を伝えるしかないと思った。
例え玉砕しても、誤解されたままよりかは、いい。
あたしは覚悟を決めて、深く息を吸い込んだ。

「6年前、あの頃のあたしはあまりにも鈍感で、自分の気持ちにさえ気がつくことができなかった。だけど和矢は……すぐにあたしの心があんたのところにあることに気がついて、あたしにパリ行きの航空券をくれたの。それが5年前。でも、あたしは、すぐに会いに行くことができなかった。自分で自分が許せなかったの。だって、あたしの中途半端な気持ちが、あんたと和矢を傷つけてしまったから。だから、あんたへの想いを確かなものに育てて、あんたに相応しい人間になって、胸をはってあんたに会いに行くつもりだった。そのためには自立しなくちゃと思って、仕事を頑張ってきたのよ。ただ、あたしはあんたと違って才能が今一だから、いままで時間がかかっちゃったんだけど」

一気に喋って、あたしはちょっと恥ずかしくなって俯いて小声で付け加えた。

「今年中に会いに行こうと思ってたのよ」

あたしは少し間をおいて、思い切って顔をあげた。
そして、真っ直ぐにシャルルの瞳を見た。

「シャルル、あたし、あんたのことが好き」

ガタンと椅子の音がした。
立ち上がったシャルルが、大きなスライドであっという間にあたしの隣まで来て、あたしの二の腕を引き上げた。

「マリナ、マリナ、マリナ……!!」

気がつくと、あたしは彼の胸の中だった。
シャルルはあたしの髪に顔を埋めながら、囁いた。

「君が何をしていようが、中途半端だろうが、オレには関係ない。そんなことより、すぐに会いに来てほしかった!」

その言葉にあたしは信じられない思いで目を見開いた。
シャルルは腕を緩めてあたしと視線を合わせると、その冷たい掌であたしの両頬を挟んでそっと唇を合わせてきた。
何度も触れるだけのキスを繰り返すうちに、気持ちが次第に熱を帯び、あたしたちは互いの唇を味わうように深く何度も口づけ合った。
しばらくして唇を離したシャルルが、熱っぽく瞳を潤ませながら、問いかけた。

「隣の部屋に行くよ、マリナちゃん?」

あたしは顔を赤らめながらも、首を僅かに縦に動かした。
シャルルとだったら、怖くない。
それを見て、シャルルはこの上なく甘やかに微笑むと、あたしを横抱きにした。

きゃあ、こ、これは、お姫様抱っこ!

生まれて初めての少女漫画必須シーンの体験に、あたしはなんだか気恥ずかしくなって、顔を隠すように彼の首筋に頬を埋めると、白金色の髪からシャンプーの仄かな香りが漂ってきたのだ。

やだ、重要なことを思い出したわっ。
ずっと缶詰めにされてて、あたし、何日もおフロに入ってないわよっ!?
一応23歳の乙女としては、こんなシチュエーションの時くらい身綺麗にしていたいのよ!

ロマンティックな気持ちが吹っ飛び、焦るあたしの心とは裏腹に、身体はベッドに下され、スプリングを揺らしながら跨ってきたシャルルに唇を奪われた。
シャルルの甘く扇情的な口づけに気持ちが流されそうになりながらも、手で彼の肩を押したり背中をたたいたりして中断を訴える。
でもシャルルは全く聞き入れようとしてくれない!
それで、一瞬唇が離れたその隙に、あたしは大声で叫んだのだ。

「ターイム!! 待って、ちょっと待ってっ!!」

シャルルはビクッと身体を震わせ、あたしからその身を離した。
スプリングの助けを借りて、あたしは一気に起き上がり、助かったと思ってシャルルの方を見た。
彼は唖然とあたしを見ていた。
その様子は突然手を振り払われた迷い子のようで、あたしは中断させたことをちょっと後悔した。
だけど、これは一大事なのよ、おフロに入らせて欲しいのよ!

「さ、先におフロに入らせて……」

あたしは妙に恥ずかしい気持ちになってしまい、上目遣いでシャルルに訴えた。
シャルルは、ちょっと意外そうな顔をした後に、ホッとしたように吐息をついた。

「マリナちゃんが、フロをご所望とはね」

あ、あたしにだって、人生初のこのシチュエーションに対する夢があるのよっ。
仮にも乙女に夢を与える、少女まんが家なんですからね!

あたしの言い分に、シャルルは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうに微笑んでベッドから降りると、なぜか騎士のように一礼をして、上機嫌に気取って言った。

「それでは、姫のためにバスに湯を溜めて参りましょう」

鼻歌でも歌いだしそうな足取りでバスルームへと向かったシャルルの後ろ姿に、あたしは呆気にとられた後、思わず吹き出した。

シャルルって、シャルルって……かわいいっ!!

彼のおどけた仕草に、あたしは一気に緊張が解れた。と、同時にシャルルを愛おしく想う気持ちが痛いほど胸に溢れてくる。
やっぱり、シャルルが好き。
ベッドに横になりながら、ずっとシャルルのことが好きだったんだってことを再度実感したのだった。


シャルルが準備してくれた浴槽には、薔薇の花弁が沢山浮かんでいた。

うーん、さすが唯美主義! 素敵っ!

そうして、色とりどりの花びらに囲まれて、あたしはお姫様気分で数日ぶりのバスタイムを終えた。
だけど、いざ着替える段になって青ざめてしまったのよ。
だって、ずっとおフロに入っていなかったから、当然下着も同じものを着たまんま。
こんな着古したパンツでなんて、恥ずかしくって無理よ!
乙女の夢は、おろしたての白いレースなのよ!
ああ、盲点だったわ、どうしよう。
この期に及んで、やっぱり止めたなんて言ったら、シャルルの冷凍光線で瞬間氷結よ、きっと生きて帰れないわ。
冷や汗をかきながら一生懸命考えて、あたしは、パンツを履かないことに決めた。
だって仕方ないじゃない。他に方法があったら教えてほしいわっ。

それで、あたしは裸の上にバスローブを羽織って、そっと寝室へと移動したのだった。


(2012年9月5日ヤフーブログに投稿した創作の再掲)

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次のお話はその内容上、限定記事にさせて頂きます。
飛ばして読んでも支障はありませんので、ご了承ください。


ありがとうございます。創作中の飲み物代にさせて頂きます。