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#182 僕が日本一になる理由(林田息吹/4年・主務)

「ほんまに辞めるん…?」
電話越しの母の声は、曇っていた。

2021年2月、大学1年生の終わりにサッカーを辞めると家族に電話で伝えた。

家族は、否定もしなければ肯定もしなかった。

何かしらのチームスポーツを僕にさせたかった父は、5歳の僕にサッカーチームと野球チームの体験をさせた。
好きなほうを選べと言われて僕はサッカーを選んだ。

僕のサッカーのピークは小学2,3年生だった気がする。
自分よりも下手くそだと思う選手にはパスを出さないようにしていたくらい有頂天だった。

小学校3〜6年と中学校3年間は、シーガル広島というクラブチームでサッカーをした。
小学6年生のときには県大会で優勝したし、中学3年生で全国大会にも出た。
しかし、僕には試合で活躍した記憶がほとんどない。

それもそのはずで、大事な試合に出してもらえるほど僕はサッカーが上手くなかった。

やばい、またボール取られた、コーチに怒られる…
あっ、よかった。2軍戦だからコーチ見てない、寝てる!ラッキー!!

試合中にそう思ったのを今でも覚えている。

試合に出るのも嫌だったし、自分にパスがくるのも嫌だった。
精神状態がこんななので、前半で交代させられるなんてこともザラにあった。

それでも僕は何故かサッカーが好きだったし、何より、シーガル広島の仲間と一緒に過ごす時間が大好きだった。
そして、コーチもおそらくそれには気づいてくれていて、中学3年生で僕はチームキャプテンになった。

公式戦の前日は必ず、絶対に忘れないようキャプテンマークをスパイクの中に入れて眠った。

当日は誰よりも声を出してウォーミングアップを盛り上げ、
試合直前のベンチで一発芸をしてチームの緊張をほぐし、
試合に出るゲームキャプテンの腕にキャプテンマークを巻く。
背中を叩いて「いってこい!頑張れ!!」とスタメンの選手たちを鼓舞し、
僕はベンチに座る。

何ひとつ嫌じゃなかった。

大好きな仲間がピッチという戦場に向かっていく。
いま、僕がチームの勝利のためにできることはなんだ。
ベンチからでも、仲間のためにできることはなんだ。
そう考えて行動することが、ただ純粋に楽しかった。

家族は、どんな試合にも駆けつけてくれた。
車で1時間も2時間もかけて、応援に来てくれた。
僕がコーチに怒鳴り散らされる試合も、
前半で交代させられる試合も、
ずっとベンチに座っているだけの試合も。

試合に出て活躍しろなんて一度も言わなかった。
汚れてもいないユニフォームを洗濯して干してくれた。
きっと試合には出ないだろう、ベンチにも入れないだろう。
そうわかっていても、
「頑張れ!!!」と言って家から送り出してくれた。

お母さん、お父さん、
15年間もサッカー人生を過ごしておいて
大事な試合で活躍する姿を一度も見せられなくてごめん。
大学生になって足の手術までしたのに、
急にサッカーを辞めると言ってごめん。

今でも、時々想像する。
もし、大学1年生の秋に怪我をしていなければ、
足の手術をしていなければ、
無理をしてでもサッカーを続けていれば、
いま応援している筑波の試合に僕が出ていたかもしれない。
家族が応援に駆けつけてくれたかもしれない。
そこで、僕がヒーローになったかもしれない。

サッカーを辞めようと思う瞬間は、いくらでもあった。
そんな自分をいつも引き止めたのは、
共にサッカーをする仲間たちの姿と、家族の存在だった。

仲間と共に上を目指したかったし、
それを家族に応援してもらいたかった。

筑波大学蹴球部に入って、
サッカーへの関わり方には様々なかたちがあることを改めて知った。
筑波大学蹴球部には、
ピッチの外から仲間を支えて共に上を目指すことができる環境と歴史があり、自分のすべてを懸けたいと思える仲間がいた。

だから僕は、選手を辞めることにした。
家族は、否定もしなければ肯定もしなかった。

この組織で、ピッチの外で、
プロフェッショナルになりたいと思うようになった。

筑波大学蹴球部で日本一になりたい。
俺がこのチームを勝たせたい。
そう思った。

そして、筑波大学蹴球部の主務になった。

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10月29日、味の素フィールド西が丘。
中筑定期戦の2軍戦で、3年ぶりに桐の葉を背負ってピッチに立った。
15分で3回しかボールに触れなかったし、そのうち2回ミスした。
それでも、ゴール裏には大声で僕の名前を呼んでくれる後輩がいた。
そして、メインスタンドには両親がいた。

ただただ、嬉しかった。
サッカー人生でいちばんキツい15分だったけど、
サッカー人生でいちばん幸せな15分だった。

ありがとう。

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明日から、インカレが始まる。

中学校の全国大会は1秒も出られなかったし、
小学校の卒業アルバムに書いた「高校選手権優勝!」という将来の夢は地区大会初戦で終わってしまったけど、
明日から「全日本大学選手権」が始まる。

きっと、サッカーで日本一を目指す、最後の大会になる。

12月24日、
僕は山内翔の腕にキャプテンマークを巻いてピッチへと送り出す。
ベンチ斜め後方から誰よりも声を出し、チームを鼓舞する。

あの頃と何も変わっていない。
大好きなサッカーで日本一になる。
いつか夢見たその瞬間を、僕は自ら掴み取る。

僕のサッカー人生すべてを懸けた最後の“戦い”。

ごめんなんてもう言わない。
お母さん、お父さん、
サッカーに出逢わせてくれて、ありがとう。

いってきます。

筑波大学蹴球部

社会・国際学群国際総合学類4年

2023シーズン・主務 林田息吹

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