2,アレルギーは祭りのあとに 前篇

スキなものを、スキなだけ食い、飲みたいだけ飲み、
隙あれば、また食っては飲むという人生を過ごしてきました。
そんな暴飲暴食をくり返してきた昔の若者たちに訪れるのは、
長年の酷使による内臓の悲鳴や断末魔が普通なのですが
ボクの変調は違う形で現れたようでした。

それは一昨年の夏、20数年にわたって苦しんできた両足首の不調、
その症状が出るのが年に一度から、半年に一度となり、
三月に一度になった時のかかりつけ医の一言からでした。
「グルテンが悪さしている気がするんですよねぇ。
試しに3ヶ月やめてみませんか?」
普段ならなんとかかんとか理由をつけ拒否ろうとするのでしょうが、
この時の両足首の痛みはあまりに酷く、苦しみから逃がれたい一心で
「はい、やります」と即答。
それからの日々がどうなるかも予測がつかないまま、
グルテンフリー生活はスタートしたのです。

ドクターからのアドバイスは「小麦やめてください」のみ。
「え〜〜そんだけ?」「もうちょっと詳しく教えてよ〜」と
心の内でブツブツ言いながら帰路につくも、よく考えれば、
グルテンフリーアドバイザーなんて近くにいませんし、
グルテンフリー弁当デリバリーなんてものもありません。
それに対処しなければいけないのは、
自分で摂る毎日三食三食の食事なのですから、
自分で調べ、詳細までキチンと理解し、自分自身の力で
正しくコントロールしていくしか方法はないのです。

必死のリサーチで導かれた禁止食品は、
パン、ラーメン、うどん、そうめん、ひやむぎ、パスタ・・・
「えっ?」
パン、ラーメン、うどん、そうめん、ひやむぎ、パスタ・・・
何度見なおしても変わりません。
パン、ラーメン、うどん、そうめん、ひやむぎ、パスタ・・・
これまで人生において、とにかく愛してやまなかった炭水化物。
主食は炭水化物と宣言できる程の男の手の中に残ったのは
「米」と「蕎麦」ただそれだけ。
パン、ラーメン、うどん、そうめん、ひやむぎ、パスタ・・・
パン、ラーメン、うどん、そうめん、ひやむぎ、パスタ・・・
頭の中でノリノリのラッパーの歌のように繰り返さえていきます。

でもダメなのはこれら主役たちだけではなく、
ピザも台がダメ、醤油は発酵時に小麦を使うのでダメ、
カレーは小麦でとろみを付けてるものはダメ、
揚げ物は衣に使われてるのでほぼ全滅、蕎麦は十割のみ、
ビールは大麦だけど遺伝子が小麦と似ていて身体が間違える
可能性があるので基本的にNGと、ボクの気分は、
ナイフ一丁でゾンビの集団の待つ洋館に乗り込んでいく
弱気で小心なヒーローのようでした。

この状況がいかに厳しいものなのか、コンビニで食べられる物を
探してみるのが分かりやすいでしょう。
弁当は調理に醤油や小麦が使われているので難しく、
豆腐やウインナ、ちくわなどのつまみ系は別にして、
食べられる物・・・・・・、やはり筆頭はおにぎりです。
おにぎりでも食べられるのは、塩むすび、鮭、梅干し、
ツナマヨ、いくら、赤飯とほぼこれくらい。
サラダはフレンチドレッシングならOK、
あとはフランク、冬場のあんまん、バナナ、林檎、ほぼこれで終了。
それにこれらが棚に残っている確立を考えれば、
またまた希望の光は絞られていきます。
食べ物がズラッと並ぶコンビニでもたったこれだけなのですから、
外出した時の心細さたるや簡単に表現できるものではありません。

なので必然的に外出の際は家から、自作おにぎりとバナナを
持参するようになりましたが、残念ながら季節は夏。
数時間リュックに入れたおにぎりの生存確率はかなり危うくなりますし、
ある時はバナナを食べようとリュックを探ったら本の下敷きになって
グチャグチャになっているのを発見し、どこに向けたら良いのか分からない怒りを『ウォー!!!」と叫びに換えて発散したこともありました。

こうして激闘の三ヶ月が始まりました。
手探りで集めた小麦不使用の醤油や米麺、米粉パン、いきつけの店で
作ってもらう米粉で揚げた空揚げなどでつないでいく中、
自分の心の中に違う感情が芽生えているのに気づきました。

分かって貰えるでしょうか?小学校の時、怪我をしてひとり
包帯を巻いている時「ちょっと、怪我しちゃって」と
恥ずかしそうに言う時の、あの秘かな優越感にも似た心地良さを
何十年かぶりに感じている自分がちょこんと座っているのです。
その証拠に友人に会うと
「グルテンやめろって言われちゃってさ〜〜」
「食べる物なくてまいったよぉ」と
薄ら笑いしてイキイキしゃべっているのですから
ほんと人間はしたたかで強いものです。

しかしそんな精神的快楽はアッという間に消え失せ、
食事のたびにほぼ同じモノしか食べられずキレたり、
ヤケになってパンやラーメンに手を出そうとしたりを繰り返しながら
少しずつグルテン抜き生活に慣れていきました。

そして三ヶ月が経ち、再診の日が近づきました。
恥ずかしながら、ここまでドクターにどんな嘘をつけば
グルテンを食べられるようになるだろう?と何度も考えましたし
敵前逃亡の可能性を図ったり、反則技もいくつかあみ出しました。
でもそのうちにそれら負の感情を打ち砕く、
キラキラと輝く正義の使者のような感情が登場してきたのです。

「調子がいい!」

そうグルテンをやめて三ヶ月、悩みの種だった足はまったくもって快調、
それに加え、すぐ腹をくだす症状もぱったりと影をひそめ、
体重が減ったこともあり、とにかく体が軽くなった感じがして
幸福感でいっぱいなのです。
ここで芽生えた「自分はグルテンが合っていなかった」という思いは、
「もう少し続けたい」という気持ちへと昇華していきました。

ドクターにそう伝えようと意気揚々とクリニックのドアをノックしました。

でもその先で待っていたのは、
これまでよりもはるかに強力なラスボスの待つ
暗黒ステージの入り口だったのです。

この続きは次回。

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