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Interview7/ふわふわして、よし。

父(「日本茶喫茶 ギャラリー  楽風」オーナー)

埼玉県の浦和駅から歩いて10分、
それまでの街の風景を切り抜いたみたいに、突然現れる緑豊かな庭。
その中にぽつんと一軒、古民家カフェが建っています。
「日本茶喫茶 ギャラリー 楽風(らふ)」(以下、楽風)です。
1階のカフェスペースでは、隣で営業している老舗茶舗の日本茶が楽しめ、
2階はギャラリースペースで、時期によってさまざまな催しが楽しめます。
今回のインタビューは、楽風オーナー兼お隣の茶舗の店長で、私の父です。

ところで親の生い立ちって、
子どもはどのくらい知っているものなんでしょうか。
「父は母は、こういう性格で、趣味はこれで、こういう仕事をしている」。
なんとなく言えても、案外細かく知らないものなんじゃないかと思います。
生まれた時から一緒にいて、話す時間は十分すぎるくらいあったのに、
いったい何をしていたんでしょうね。
多分子どもばかりが話し手になっていたのだと思います。

家族の中では一歩引いたところでみんなを見守っているような、
一番まともな人(?)という感じの父ですが、
茶舗の店長に留まらず、自分の手でカフェをオープンさせたというところ、
娘が知らない紆余曲折があったんじゃないかと思うのです。
ちなみに父は私が海外に行くことに対して少し難色を示しています。
そのあたりもここで一度聞いてみたい。
閉店後の楽風を伺いました。

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(取材:2022年1月)


この場所ならきっと愛される。

――仕事終わりに時間作ってくれてありがとう。


うん。荒茶どうぞ。お菓子はきなこねじり。一個食べてみて。

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――ありがとう。うま。


でしょ。絶対好きだと思った。

――ここっていつできたんだっけ。


1992年。自分が36歳の時。楽風は今年でちょうど30周年なんだけど、自分が今年66歳になるから、計算あってるはず。

――楽風30周年か。お店ってどういうふうに始めたの?


まず、「日本茶の喫茶店をやりたい」って思いがあって。茶舗で茶葉を売るだけに終わらず、日本茶をちゃんとおいしく飲んでもらえる場をつくりたいなって。

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この場所はもともと茶舗のお茶を保管する倉庫だったんだけど、父の代からはほとんど使われなくなり、ただの物置になってた。で、喫茶店をやろうとなったとき、他の場所も探したんだけど、結局ここにした。

――古い建物の空き家だったんだ。この場所の決め手ってなんだったの?


庭がね、春になると百花繚乱って感じで、梅、桜、地面にはハナニラがたくさん咲いてってすごい綺麗でしょ。塀越しに庭を覗く人も結構いて。それで楽風がオープンする1~2年前に、お花見というかたちで思い切って庭を公開したら、思いのほかたくさんの人がきてくれた。そういう庭の中に、この建物があるわけだから、まあここを使わない手はないなって。それで、建物の雰囲気をなるべく残しつつ改装して今のかたちに。

お茶を飲みに来たはずなのに、
なぜか今迷路にいる。みたいな。

――なるほどね。1階は喫茶店で、2階はギャラリーにしたのはどうして? 日本茶喫茶でも十分な気がするけど。


こう、いろんな楽しみ方ができる場所にしたかったから。例えば、お店に入るまでに庭でいろんな植物が見られたり、春夏秋冬の景色を見ながらお茶を楽しめたり、ご年配にとっては懐かしくて、若い人にとっては新しい古民家っていう場所で自分の時間を過ごせたり。
「いろんな楽しみ方ができる場所」っていうのを念頭に、楽風を作る前に企画書を作ったんだけど、柱を2つ考えて。まず「日本茶をきちんとおいしく飲める場」。それでもう一つが「人・こと・ものを紹介する場」っていう。

――「人・こと・ものを紹介する場」。それってお父さん1人で考えたの?


いや、当時楽風の構想を練ったのは、自分と、弟と、自分が前職で知り合った人の3人。創設メンバー3人とも、クリエイターとかアーティストに興味があって。でもちょっとずつ関心ごとが違うっていう。だからこそ、幅広く“人・もの・こと”が紹介できそうだねって。そうして建物全部を喫茶スペースにせず、2階はいろんな人の活動や生み出したものを紹介する貸しギャラリーにしたって感じ。

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貸しギャラリーはまるまるクリエイターさんに貸すこともあるし、楽風のスタッフで企画を考えて、クリエイターさんたちを自分たちで呼んで企画展を開くこともある。ジャンルは問わずで、陶器だったり、原画展だったり、創作服だったり。分かりやすいアートとか、複雑な現代アートとか。その都度いろいろ。

――今までで印象に残ってる展示は何?


うーん。正直全部が愛しいかな。意表をつかれたなっていうのは、プロレスの写真展とか、2階をまるごと暗闇迷路にした企画とか……。

――迷路、小さい頃だったけどすごくよく覚えてる。ゴール地点に、写真家さんの写真が置いてある面白い写真展だったよね。


うん、よく覚えてるね。ギャラリーって、敷居が高くて踏み込みづらいって思っている人も多いと思うんだけど、お茶を飲みに来たお客さんが、2階に促されるままに階段を上がったら、思いがけず作品に触れあえる、みたいな、そういうギャラリーのあり方っていうのはなかなかないかもって。
近所の神社にお参りした帰りにお店に寄って、なぜか今迷路にいるっていうのは、面白い。

――たしかにその展開はなにかの小説の一遍みたいだね。

ディズニーランドは未完成だけど。

――「いろんな楽しみ方ができる」というのを聞いた上でお店を見ると、たしかに。コースターも急須も湯呑も1個ずつ違うし、店内に不思議な雑貨がたくさん置いてある。鬼の置物、猫の絵、金属の落ち葉、魚のオブジェ……。

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置物に関しては、ほとんど弟(副店長)の趣味嗜好で飾ってもらってる。朝出勤すると、昨日までなかった物があったりして。お客さんにしょっちゅう、「あれはなんですか」って聞かれるんで、誰のどういうものかを知っておかなきゃいけないから、追いかけるのが大変(笑)。
いろんなものを置いているからか、お客さんが折り紙とか刺繡とかを置いてってくれることもあるね。いろんな人が「いろんな楽しみ方」に加担して、面白がってくれているのかも。

――おお、じゃあ、当初から思い描いていた空間になっているんだね。今後この店をこうしていきたいというのはある?


それ、たまに聞かれるんだけどなかなかうまく答えられないんだよね。なんというか、変わらずにいられたらいいなと思ってる。
印象として、ここは30年前にオープンしてからずーっと変わらない。大きく修正したところってあんまりなくて、始まったときから完成形というか。それをずっと維持してきたって感じ。ディズニーランドだとね、「永遠に未完成」なんてよく言うけど、楽風はその逆かも。喫茶の方もギャラリーの方も、雰囲気も、接客の仕方もずっと変わっていない。
ちなみにクリエイターさんの管理も変わってない。クリエイターさん1人につき1枚茶封筒を作って、紙ベースで全部管理してる。ここにあるのはほんの一部だけど、こんな感じ。

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――うわあすごい量。デスクトップ上のフォルダを現物で管理してる、みたいな話だよね。やば……。


そうそう(笑)。ものすごくアナログなんだけど、このやり方しかできなくて。だから、この茶封筒がまさに30年の足跡といいうか。

――大きくは変わっていないけど、ディティールは常に変わっている……。


うん。そうそう。そこを面白がってくれる人は結構いるかな。

ふわふわして、よし。

――お父さんって、私くらいの頃は何をしてたの? 私は30歳目前でもういい大人なのに「これになりたい! これに決めた!」っていうのが正直よく分からないまま、会社辞めて海外に行こうとしてるところなんだけど、将来が不透明だからやっぱり不安もあり……。父親として人生の先輩として、ぜひアドバイスがほしいです。


きえくらいの時は、一番混沌としていた時代だったと思う。大学を卒業した22歳から30代はじめくらいまでは、ほんとにふわふわしてた。ようやく腰が落ち着いたのが、ここをはじめてしばらくしてからかな。

――お父さんは老舗茶舗の長男として生まれて、店の跡を継ぐっていう未来が用意されていたわけだよね。でもそれだけじゃなくて、カフェも始めたっていうのは、やっぱりすごいと思う。思い切りとエネルギーが。


大学在学中は家業を継ぐことを念頭に勉強してたんだけど、どこかでずっと何か違うなと思ってて、卒業後にそれが一気にはじけちゃった。それで、佐渡の和太鼓芸能集団でアシスタント的な仕事をしたり、その後作業療法士になるために専門学校に通って、作業療法士になったり。喫茶店をオープンして軌道に乗るくらいまでは、作業療法士と楽風の仕事とで二足の草鞋だった。それぞれが何歳の話か、具体的な年齢が思い出せないくらいごちゃごちゃで。

――すごい、脈絡なくて冒険的な経緯だなあ。


でも、あの混沌とした時代がなかったら今はなかったと思う。

――おお~、それはなぜ?


例えばその和太鼓芸能集団に入ったことでライフスタイルとか価値観が変わって、それまでの自分とは別人みたいになれたように思うし、そこで知り合った人が楽風の創設メンバーになったし、作業療法士の学校でお母さんにも会った。もしあの時代なしにただ茶舗を継いだだけだったら、なんとなく満足できずに鬱々としていたものを抱え続けてたかもしれない。あの時代があったからこの場所が出来上がって、自分の思いがかたちになった実感がある。だからまだまだ、30歳くらいだったら何をやってもいいと思う。

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30歳とかそのあたりって、社会的には一人前っぽいけど、でも“大人”じゃなくていいと思う。次から次へとやってみたいことが出てきて、固まらなくてふわふわして、それでいい。「これでいいのかな?」って思ってていい。後々、混乱してた中で出会ったものが全て今につながってるって気づく時がくるんじゃないかな。少なくとも自分の場合はそう。

――これから出会うものが今後、意外な何かにつながるのか……。なんだか背中を押されます。これからいっぱい、ふわふわさせていただこうと思います。


うん、いいんじゃないかと思う。全くまとまりがないような過ごし方をした時代が、ぎゅっと今につながってる、というのがすごく多いので。だから、何をやっても無駄なものってない。

――……それでも、私が海外いくのは反対?


それは自分が海外に行ったことがないから、想像ができなくて心配なだけ。だからなんというか、反対だけど賛成。やりたいと思ったことはなんでもやってみることを勧めたい。
あと、よくその勇気があるなと思う。

――そこは父親譲りなんだと思いますが……。


ほんとに気を付けて行ってきてね。

――はーい。

(おわり)

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