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オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム

2024年2月18日。

この日を忘れない。オードリーANN東京ドーム。

オードリーANNを聞き出したのは大学に入ってから。通学中に聞き始めた。そこから約7年。

すいません、ほんとのこと言うとちゃんと毎週聞き出したのは2020年。コロナ禍になってから。

オードリーは知っていた。あれだけテレビに出てれば知ってる。面白いお笑い芸人という認識。
だけどラジオを聞き出してからこういうと気持ち悪いんだけど本当に自分の救いのような存在だった。

けど当時の自分は世界の人々全員が敵だった。敵だったというよりは、自分の存在意義を証明するためには目の前のあいつらより勝ってると思うしかなかった。まあ正直まだその傾向はあるけど。

そのままノリで映画監督なんていう人生の道を選んじゃったもんだから、めちゃくちゃ生き急いでいた。勝ち続けるしかなかった。(自分の中で)刃牙読んでたのもあるかも。

そんな生活をしているとどうなるか。これがめちゃくちゃ疲れる。常に誰かと比べなきゃ自分を保てない。だけど映画監督っていうのは大変なもんで、スタッフの前ではカリスマを装う。涼しい顔して走る。サラッと物事をこなしていくかのように自分を見せて自己陶酔に浸る。

そんな暮らしの中でラジオはセーブポイントのようだった。

ラジオ聞いてる時は絶対1人。若林さん的に言わせてみれば2対1。贅沢な環境。こんなに言葉がブッ刺さってくるメディアはない。そんでもって内容は高校生の部室みたいな。ダセェなってツッコまれそうだけど本当にそんな感じ。

今思えば高校の野球部も楽しかった。弱小高のキャプテンだったが丸坊主にもして、それなりにキツい練習もして、勝ちも負けも味わって、世間の想像通りの野球部然とした生活だった。やる気ない後輩に帰れとか言って先輩ヅラしてたなあ。いてぇなあ。引退した後も部活に顔出してヘラヘラ野球してたなぁ。ごめんな後輩たち。

ラジオを聞いてるとそんな日々を思い出しながら笑える。今の人生の勝負なんか本当にどうでもいいくらいに。

あれから主観ではちょっと成長した。コールで一気飲みしてる横のテーブルの大学生を若いなあってほのぼの見れるくらいには。大尖りのアート映画をまっすぐ自分を表現できてすごいと思えるくらいには。(ここに書くとよくない)

ただやっぱどっかにトッゲトゲの猛獣を飼っときたい。少なくとも他人は落とさずに自分はこっちの方が得意だと思えるように。

2024年2月18日。
僕は東京ドームにいた。午前中にオンラインの打ち合わせを終えて、午後イチで総武線に乗り込み水道橋で降りる。25,000円も買ったグッズを鎧のように纏い、そんでもって現地でもユニホームを買い、ステージ裏体感席でオール前座ニッポンを聞いている。

17:30、イベント開始。

確か21:00過ぎに終わった。

泣いていた。なんでか言語化すると、高校の部室で話してた自分が東京ドームの真ん中にいたから。

そこにいたのは他人と比べることで生きていた自分じゃなかった。

もちろん辛いこともあったと思うが、友達と楽しいを突き詰めてここまで来たオードリーの2人が眩しくて仕方なかった。

これでいいのかもしれない。職業は違えど、自分の楽しいに自信を持ってもいいのかもしれない。

水道橋から新宿まで歩いた。どのくらいかかったか忘れたけど歩いた。二駅ほど歩くと周りにはリトルトゥースはもういなくて、靖国通りの光だけが照らす。16万人もいたリトルトゥースはどこに行ってしまったのか。

あの日から浮ついた心が収まらない。なんだか腑抜けた感じ。何十年後、自分はあんな人間で生きているのだろうか。

しかし日常は次から次へ迫る。タスクも溜まる。一つずつ処理していく。

今でも自分がどうなったらゴールなのかわからない。映画祭通ったら?劇場公開したら?憧れの俳優と作品を作ったら?目の前の壁を越えると奥に見えてた青空がただの青い壁だったことがわかる。いつまで壁を超えてけばいいのか。

辛くなったら帰ればいい。
目の前の壁を越える気力がなくなったら、毎週刻んできた土曜深夜のセーブポイントを辿って、

あの部室にいつでも逃げ込めばいい。

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