【Mr.Bike復刻】みやもと春九堂通信 vol.08

 この春、我が家の近所に「ひったくり あなたの前カゴ 狙ってる」という七五調の標語看板が設置された。ということは、近隣で実際に被害が出たということだろう。おそろしい世の中になったものだ。

 看板には標語と共に、原チャリライダーがハンドバッグを握りしめて走り、その後ろには中年女性が手を伸ばして追いかけているイラストが描かれている。つまりバイクで背後から近寄り、自転車の前カゴに手をのばし、あるいはショルダーバッグの肩掛けヒモを掴んで奪い去るというのが、その手口というわけだ。

 しかし、前カゴから抜き取るのはまだしも、通りすがりに肩にかけたショルダーバッグを奪うのは案外難しいように思う。気になったので調べてみたのだが、やはり肩ひもを引っ張られた際に被害者が転倒することもあるようだ。

 ヒモが絡まって引きずられ、大怪我をしたという被害者の方も少なくないという。中には転倒した際に頭を打ち付けて亡くなった方もいる。これは「ひったくり」=強盗ではなく強盗傷害、場合によっては強盗致死傷害だ。「ひったくり」なんて平仮名表記だと軽い犯罪のように思われがちだが、とんでもない話なのだ。

 インターネットで資料を探しては読み進むにつれて憤りが高まった僕は「バイクをそんなことに使うなんてライダーの風上にもおけない。そもそもポリスはナニをやっておるのだ!」大いに憤りつつ、今度は警察関係のサイトを読み漁ってみた。激憤している割にはやることはただの検索である。

 するとどこも一応は防犯策をうったえてはいる。自転車のカゴにはカバーを着ける、車道側にバッグを持って歩かない、ショルダーバッグは可能な限りタスキ掛けにする……このあたりが主立った対策だ。しかしタスキ掛けの場合は、体に固定されている分、引っ張られた際に転倒する可能性が高い。

 こうした犯罪が起こる場所は、ほぼ特定されているので、冒頭のような注意喚起の看板が出ているところでは、もう肩にヒモが食い込むくらいにガッチリとキープして歩くことを推奨したい。根本的に危機意識を持たねば、防犯にはならない。こうした対策はもっと広く呼びかけるべきだろう。

 しかしこうした「ひったくり」は一般的に、男性に比べ非力で体重も軽い女性、もしくは足腰の丈夫ではないお年寄りを狙っての犯罪だが、体重120キロ超・百貫ならぬ約三十三貫デブが相手だったらどうなるだろうか。つまり僕がひったくりに遭遇したときのシミュレーションである。

 背後から近寄り、右手はアクセルを離せないので、左手で肩掛けヒモを掴む。しかし掴んだはいいが、根が生えたような予想外の重量に、おそらく原チャリだけが先に進み、ひったくりライダーは華麗に宙を舞い、後頭部から落下するだろう。よしんば落下しなかったとしても、僕を軸にして廻る結果になりそうだ。

 バッグのヒモを持たれ、悪代官にマジで手込めにされる5秒前の町娘の如くクルクルと回る僕。そして左手をバッグのヒモにかけたまま、僕の周りをグルグルと廻るひったくりライダー。強盗という殺伐とした場面に、ちょっとした笑いの花が咲きそうな光景だ。同じような光景をサーカスで観たことがある気さえする。

 また、運転役と強盗役が二人乗りで行うことも多いらしい。だが二人乗り仕様ではない原チャリで、そんなことをするのは、尚更に危険だ。グルグルと廻るだけではすまないだろう。ただでさえ安定しない原チャリに二人乗りである。

 間違いなく後ろに乗っている強盗役は、肩掛けヒモを掴んだ瞬間に左手を固定され、宙に浮きあがるだろう。そしてそのままファンタジックに後頭部から路上へ墜落。走り去る運転役。もちろん僕も無事には済まないだろうが、それ以上に無事に済ませるわけもなく、強盗役には、その後さらにファンタジックな体験をしてもらうことになるだろう。この拳はこの時の為にあったのだ。

 もちろんコレは空想の域を出ないものだし、実際は120キロ程度の重量なら、原チャリでも引きずる程のパワーがあるので、当たり前に僕も無事では済まないだろう。

 それでも僕は、件の看板の前を通るたびに、くるくると廻るひったくりライダーや、ファンタジックに落下する強盗役を想像しては、ちょっとだけニヤついてしまう。それははたから見たらおそらく別の種類の看板が必要になるような光景なのだろう。皆さんも諸々ご注意を……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?