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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 33

 ヒッピー梶原のとりなしで“あきれたがーるず”はとりま一旦矛を収めた。

事と次第によってはプランAもあり。

そんな含みは残したままってことは僕の目にも明白だけどね。

橘さんがベレッタをしまうと仕切り直しという事になった。

 シスター藤原はヒッピー梶原に肩を抱かれヨロヨロと退出した。

シャワーを浴びてお色直しだろう。

流石にシスターも修道服が濡れたままじゃ気持ちが悪いし、恥ずかしいだろうよ。

少し臭うしね。

目が逝っちゃってたから、トランキライザーの処方も受けるかも。

 僕らも新しい部屋に案内された。

こじんまりした品の良いゲストルームでサイドボードの上の華やかな挿花が印象的だ。

壁にはピエタが掛けられ目を瞑るイエスの表情が何処となくヒッピー梶原に似ている。

「あのイエス様。

梶原先生そっくり。

蓬髪で無精髭の男性というのは、聖俗の別無く何故か皆同じに見えるわね」

三島さんが何気に失礼な事を言う。

「失礼なやつだな」

スッと三島さんが僕の頬に触れる。

「マドカ君だってそう思ってるくせに。

プンスカ」

何がプンスカだよ。

コイツには全く緊張感ってやつが感じられない。

 僕たちがそれぞれソファーに腰を下ろすと正規の修道服をまとったシスターがコーヒーをサーブしてくれた。

化粧気のないかんばせからお察しするに三十を幾つが超えたくらいか。

シスター藤原みたいな若作りじゃ無い。

もしかするとこのシスターはドナム持ちでは無いのかも?

僕らに怯える風も警戒する様子も無い彼女は、ピエタのマリア様に似ていた。 


 「人格ロンダリングと並行して、夏目君のプロファイルを赤ちゃんの頃に遡って探りながら記録していったんです。

彼の人生を全体として俯瞰してみれば、決して根っからの悪人と言うわけじゃないんですぅ。

あたしは夏目君が人格ロンダリングで本来の彼を取り戻した姿を、皆さんにお見せしたかっただけなのですぅ」

シスターは夏目を連れてきたことに悪気は無かったと、必死の形相で弁明の論陣を張った。

「夏目さんが戦前から戦後にかけて、筆舌に尽くしがたい程つらい日々を送った。

そのことは、マドカと一緒にそれはもうくどくどと聞かされました。

けれども生い立ちや半生に深く同情すべき点があるとしてもです。

人としてやって良いことと悪いことがあるでしょう?」

シスター藤原の弁明に対し先輩は、当たり障りなく物分かりが良い。

そんな人間の振りなどはしなかった。

「それは、そうなんですが。

ほら、あたしみたいにミレニアムな人生を歩んでくると、色んな人に出会ってきちゃった訳ですよ。

現代の感覚から言ったら、鎌倉時代から江戸幕府の開府辺りまでの世の中は魔境ですよ?

上つ方から下つ方に至るまで石を投げれば無法な下衆野郎に当たるし。

それこそ今で言うところの精神異常者ばかりですよ?

明治から昭和の世だって、朝夕刊の別なく新聞を開けば無頼なロクデナシの愚行が満載です。

もちろん、夏目君が毛利さんに付きまとったり。

円さんや橘さんを撃ち殺そうとした事実は未来永劫消えはしません。

主イエス・キリストにだってチャラにはできない犯罪だと言うことは確かです。

それでも皆さんがなけなしの慈悲をかき集めて。

夏目君の事情を憐れんでくださるのであれば幸いです。

主に誓って。

毛一筋程にしろ情状酌量の余地はあるんじゃないかと。

あたしは思うんですぅ」

夏目に限らず「人間なんてララッラですよ」と、シスターは唐突に吉田拓郎を引用した。

思いつく限りのあの手この手でプランAの回避を狙うシスター藤原であった?

 「そこでシスター藤原は“ご自分は歴史の生き証人”だというカードを切るのですか。

そうして歴代の悪党と比較すれば、夏目さんには酌むべき情状があるとくるわけですね。

宜しいでしょう。

夏目さんの更生の件について、それではお聞きするだけはお聞きしましょう。

けれども、シスター藤原。

あなたのお話にわたしたち全員が納得できなければ、そうですね。

今後、シスターが毛利の家に出入りすることは許しません。

お付き合いも桜楓会を通じた通り一遍のものとさせていただきます」

「そんな~。

橘さんの賛成票も必要なんですかぁ~?

あたし、橘さんに嫌われちゃってるんですぅ」

橘さんがらしくもなく人の悪そうな片笑みを浮かべる。

シスターは涙目でお祈りをするように手を組んだ。


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