見出し画像

垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 34

 ドッペルゲンガーを過去に送り込む夏目の能力は、話半分だとしても驚くべきものだと思っている。
だけど変態中年が実は夏目のドッペルゲンガーだったなんて、びっくりを通り越してもう訳が分からない。
シスター藤原に教えてもらうまでは、そんな可能性をまったく考えもしなかった。
変態中年が夏目に似ていると思ったふーちゃんの直感は、ドンピシャだった訳だ。
想定の斜め上どころの話ではない。
これを聞かされた時には、さすがの先輩も小さくて可愛い口をあんぐりだよ。
橘さんは何百通りも立てた仮説にそれと近いものがあったようだ。
なるほどとばかりに掌を拳でポンと叩いて「ガッテン!」だそうだ。
さすがに我らが軍師殿だ。
 「それで、すんなりと説明が付きますね。
どうして、まどかさんやルーさんの行動が、ああも夏目に筒抜けだったのか。
夏目がドナムを使えばですよ。
ドッペルゲンガーを記憶媒体として、現在の夏目が確認した事実を過去に送り込むなんていうチートが可能になるんですよ。
過去の夏目はドッペルゲンガーから未来の情報をもらってから。
それを元に最善の行動計画を立案できるというわけです。
いろいろ納得です。
夏目が姿を見たり声を聞いたりすれば、ドッペルゲンガーは消失するんですよね?
それを避けるためには、中間連絡に留守番電話とか手紙を使えばよいでしょう。
ふざけた話です。
未来情報を手にした夏目はやりたい放題な訳ですからね。
アジトを複数構えておけばもっと効率が上がりますよ。
アジトを情報を抽出した後のドッペルゲンガーの拠点にすればです。
使い捨てのエージェントが一丁出来上がりです。
リアルタイムの情報収集やオーセンティックな作戦行動をさせることができちゃいます。
だれも中年オヤジが夏目本人の仮の姿だなんて思いやしません。
足が付きそうになったら消しちゃえばよいのですからさぞや使い勝手が良かったことでしょう。
都合が良いことにドッペルゲンガーを消すときには、記憶の並列化もされちゃうんですから一石二鳥ですよ。
中年オヤジの姿をしたドッペルゲンガーは完璧なエージェントですよ。
授けて貰えるものなら、是が非でも私が手に入れたいドナムです!」
橘さんは業界人の立場でも興奮している。
「何とかなりませんかねぇ」
僕をチラ見した橘さんは、かなり本気でそう思っているのが見え見えだ。
『そんな都合のいい話なぞあるまいよ』と僕は首を横に振った。
「ドッペルゲンガーが傷ついたり死んだりした時、本体である夏目がどうなるか。
大変興味深いところです。
だけどそれが織り込み済みなら危険な任務だって任せられるでしょう。
この事を陸幕第二部別班や内閣調査室、公安調査庁なんかが知ったら、夏目は一躍業界一の人気者ですよ。
その結果十中八九。
他所に出し抜かれるくらいならと。
CIA、KGB、MI6、モサド、中共の特務なんかが出張ってきて拉致か暗殺ってことになるでしょうね。
芋ずる式に私たちやもちろんOFUだってただで済むはずがありません。
もしや、すでにサイキック部隊なんてものが何処かに存在します?」
シスター藤原がさすがにギョッとした顔をして激しく首を振る。

 橘さんは本業の顔でフムフムと、ようやく腑に落ちた謎を精密に反芻していく。
そして最後の最後に、形の良い唇を歪めながらサラッとオタクな可能性に言及した。
サイキック部隊だなんてもうSFの世界の話しだよ?
 どんな類の権力であろうとも僕たちのドナムを知る。
そんなことがあれば、多かれ少なかれ僕たちは、橘さんが今言ったような扱いを受けることだろう。
自分のドナムは必要最小限の仲間にしか知られちゃいけない。
そんなOFUの理念もむべなるかな。
少し気持ちが引き締まった。

 「わたし達が度々お目に掛ったり。
最後には拉致誘拐にまで及んだ変態中年は、夏目さん自身の仮初の姿だったという訳ですね」 
先輩は「それはとても気味が悪いこと」と呟き可愛らしく眉根を寄せる。
「夏目君がドッペルゲンガーとコンタクトを取って消失手続きを取る時に、記憶の転移がおきるんです。
こうした情報の並列化と言う感覚は、毛利さんや三島さんにとってはお馴染みなはず」
真面目な表情のシスター藤原に話を振られてふたりが顔を見合わせた。
「なるほど、それは完璧ですね」
三島さんも納得したと小さく手を叩いた。
「ふーちゃんに話しかけたり先輩の周りでウロチョロしていたのはどうしてだろう?」
「ドッペルゲンガーを見ても誰も夏目君とは思わないでしょう?
夏目君の話によれば、未来情報を取得する為だけではなく。
エージェントとしてもドッペルゲンガーを使っていたそうなの。
そこは橘さんのご賢察とおりですぅ」
シスターは顔色を伺いながら恐る恐る橘さんを持ち上げる。
 「橘さんが以前変態中年を同業者ではと疑ったことがあったんです。
それはある意味正しかったわけですね。
さすがは橘さんです」
僕も橘さんを持ち上げてみる。
橘さんは嬉しそうに笑ってくれて僕もいっしょに嬉しくなった。
僕は要所要所でのヨイショを欠かさない優秀な少年太鼓持ちなのさ。
お追従の使いどころをシスターに指南したい位だよ。

編集


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?