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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 39

 「なかなかに!

雰囲気の良いカフェですねっ!

あたしったら同じ年ごろのお友達が今までいなかったでしょ?

みなさんとのお付き合いが、何だか楽しくってならないんですぅ」 

ココアのカップを置くと、シスター藤原が微笑んだ。

僕は思わずコーヒーを吹きそうになったよ?

一言言ってやろうかと思ったけどね。

隣に座る三島さんに『駄目よ』と無言でたしなめられた。


 千年後には我が身と思ってるのだろうか。

ことシスター藤原の年齢詐称については女性陣はまったく問題にしていない。

問題にしていないどころか手厚くかばいだてすらする。

それは夏目の時とは打って変わる“あきれたがーるず”のダブルなスタンスと言える。

うちの女性陣はシスターの可愛らしい童顔が主張する年齢のそのままに。

あろうことか、橘さん以外の連中はシスターと普通に友達付き合いをしようすらしているのだ。

 シスターにはいつも手厳しい橘さんも、こと年齢詐称については何も触れない。

三島さんも“あきれたがーるず”古典部部長として、シスターの来歴限定でぞっこんだから表向きは親しげだ。

秋吉に至ってはシスターに可愛がられて「おねーちゃま」なんて言って懐いてる。

時々吉祥寺辺りで遊んでるらしいから、あいつが一番シスターとは仲良しだろう。

だけど・・・秋吉はあれで複雑で矛盾に満ちたヤツだから本当のところ真意は分からない。

 先輩はと言えば、橘さんが夏目を射殺し損なった一件以来。

シスターが夏目の近況について少しでも触れようものなら機嫌がすこぶる悪くなる。

おまけに事を仕損じた橘さんが、先輩の怒りの炎にちょいちょい油を注ぐ。

だから治るものも治らない。

先輩は、夏目のことに触れさえしなければね。

シスターには降臨した女神のように優しく親しげで、取り付く島もなく怜悧だ。


 僕への陰謀が成果を上げ続けている。

それを手柄に手打ちとなったはずなのに。

依然としてシスターの毛利邸への出禁は続いている。

友達付き合いは許しても出禁のままだ。

シスターは古典部フィルターで隔意が低い三島さんや。

妹分みたいになった秋吉を通して。

何度も先輩への仲裁を頼んでいるようだけれどね。

あれでなかなかに頑固なところのある先輩が、出禁の解除についてだけは首を縦に振らないらしい。

 毛利邸ではOFUと桜楓会を仮想敵と見立てた話し合いが良くある。

“あきれたがーるず”の未来永劫変わらない基本的な立ち位置の確認らしい。

シスター藤原個人については機会があるごとに、僕を引きつれた三島さんが精査している。

変な陰謀を企んでいないかチェックを入れている訳だ。

今のところ三島さんの疑惑を招くようなシスターの粗相は見当たらないようだけどね。

シスターもなんか変なイズムに目覚めたのかな?

「どうぞ調べてくださいまし」

なんて言っちゃってさ、

顔を合わせる度にチェックをお願いしてくるようになったよ。

 表現は悪いけどね。

シスターを裸にひん剥いてケツの毛までむしってそれでもまだなお。

“あきれたがーるず”の偽らざる心情としてはだよ。

シスターに対する異分子感と不信感が完全に拭いきれてないってこった。

 いきおい一般人ながら初期メンバーとして厚遇されているふーちゃんとは待遇が全く違う。

友達付き合いと言っても、シスターの扱いはふーちゃんと比べれば雑の一言に尽きる。

シスターは当然のこととして加納双葉の詳細な情報を持っている。

だからなのだろう。

例え僕の姉とは言え。

ドナムとは関わりのない部外者が愛され大切にされていることに納得がいかないらしい。

毛利邸の集いから一人ハブられるている現状が悲しくて。

余計にそう思えるのかもしれないね。

三島さんが「困ったものなの」と、実のない感じで肩をすくめ愚痴って見せたくらいだよ。


 夏目の一件があって以来、これ幸いとシスターを出禁にしたことの効用は大きいらしい。

女子トークに余計な気を使わなくてすむのが幸せって事らしい。

シスターを排除して、毛利邸の居心地良さを皆が改めて再認識する機会にもなったのだとさ。

「桜楓会はわたしたちのプライベートとはきっちり分けましょう」

人間関係についてはもともとスーパードライな所のある先輩だ。

秋吉のとりなしも三島さんのお義理な取次ぎも用をなさない。

そんなこんなで、みんなは改めてシスターの出禁を再確認する次第なのだった。

 一度先輩がこうと決めたら、邸外での付き合いがいくら和やかなものに成ったって、シスター藤原に声が掛かるわけがない。

“あきれたがーるず”側の事情や方針はシスターに説明なんかしていないからね。

夏目の一件ではとっくに仲直りしたし、僕を学校で孤立させる一件でも貢献している。

そのはずなのに、シスターには一向にお招きの声が掛からない。

終いには先輩の思惑を知らないシスターが業を煮やして僕に泣きつくことにした。

三島さんが言うには、それがロージナでの会合を望んだシスターの目的らしい。

 シスター藤原は僕にあれ程の仕打ちを企んで、今もなお絶賛継続中なんだよ?

どのツラ下げて僕に頼みごと?

いけしゃあしゃあとってやつ?

サン=サーンスのオペラ<サムソンとデリラ>のアリア“あなたの声に私の心は開く”が頭の中で鳴り響いたよ?

デリラってのはサムソンをたらし込んで酷い目に合わせた女の人さ。

 会合のお膳立てをした三島さんも、実は裏でシスターの出禁に大賛成だからね。

シスターの心算も三島さんの真意も、僕には今一つ分からない。


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