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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 45

 そう言った訳で、僕たちは大昔の船みたいに海岸に沿って巡航しているのだった。

東京から遥か遠く九州に向かってね。

 空の上から海岸線や鉄道、幹線道路、町の位置などを確かめながら飛行する。

いわゆる地文航法ってやつだ。

今宵の夜空は月明かりがない満天の星空だ。

僕らは沖合い1㎞、高度500m程度を保ちながら東海道を右に見る位置取りで西進している。

定番の夜間飛行で日付が変わり、ラジオからは城達也の渋い声とミスター・ロンリーが聞こえる。

 今回は長距離飛行の為、航法担当の三島さんも大張り切りだ。

お喋りをしながら、三島さんは時々六分儀で恒星の高度を観測しながら時計とコンパスを嬉しそうに確認している。

内陸の街明かりが良く見えるので大体の現在位置は僕にも分かる。

三島さんの頭の中には東海道沿いの市販ロードマップに国土地理院の1/25000地形図と海上保安庁海洋情報部の天測略歴が完全に格納されている。

彼女は地文航法と同時に、六分儀で恒星の観測をしながらの天測航法にも余念がない。

天測航法については、地文航法で答え合わせをしながらの演習ということだ。

 「将来的には渡洋飛行の可能性もあるでしょ」

そう言ってほほ笑む三島さんは実に楽し気だ。そこには、かつての地味生真面目で勉強大好きな優等生の片鱗が伺える。

僕はそんなイケテナイ三島さんのことが大好きだった。

『願わくばその路線に戻って来てもらえれば嬉しいな』

そう思った所ですかさず突っ込みが入った。

「実はマドカ君って女性を型にはめたがる。

べくべしべきべけれ野郎なの?」

三島さんはそう言い放って速攻で小首を傾げてみせる。

『何もかもお見通しのくせに可愛い子ぶりやがって!

一体何なんだよべくべしべきべけれ野郎って?

僕はクラスカーストから独立した孤高の委員長たるべし!

何て決め付けたことなんかないぞ。

・・・地味女オタクのしめやかな願いってだけだよ?

それよりなにより。

昨今増々磨きが掛かかる古典の教養を混ぜながらぶちかます。

あのお下劣な揶揄をちょっとは反省しやがれ。

だよ?』

もちろん黙想は筒抜けなので、僕の頭頂には三島さん渾身のチョップが入る。

エンジンストップで危うく墜落する所だったぜ。


 三島さんの読心ドナムには便利な機能が付いている。

僕を通して得たリアルタイムの視覚情報は、どうやら直感像記憶=写真記憶として保存できるようなのだ。

ふたりで手を繋いで同時に地図や図表を眺めれば漏れなく記憶できちゃうってことだ。

シスター藤原には秘密にしているようだけどね。

これは最早、視覚ライブラリーと言っても良いドナムなのではないかと思う。

 先輩とドナムを共役する飛行時は、互いに身体のどこかが接触さえしていれば、三島さん本体の質量はすべてキャンセルされる。

“身体の何処かが接触”と言っても肌が直接触れあう必要はないんだよ?

もしかすると僕らの身体の表面は、薄いフィールドのようなもので覆われているのかもしれない。

ちょっと窮屈だけれどもお互いに身体をくっつけていれば、お肌が触れ合わない服の上からでもドナムの共役は成立する。

考えてみるとこれはちょっと残念なことだけれども、飛行時に両手が使えるのはありがたい。

先輩と二人で飛ぶ時は手を繋がされるけれどね。

先輩に言わせれば直に触れあっていると操舵のレスポンスが格段に良いそうなのだ。

ホントかよ?

 先輩とドナムを共役して飛行する時は、加速度や空気抵抗も感じなくなる。

確かに身体は羽のように軽く心も夢の様に自由になる。

検証が十分ではないのでちょっと危ないのだが、気圧や気温についてもいけそうな感じがする。

ことによると大気圏外に飛び出すことも可能なドナムなんじゃないかとふたりで話してる。

先輩と共役してドナムを発動している時、僕たちは人ではない何かになっているのかもしれない。

一人でドナムを使うときは、加速度も空気抵抗も感じるからね。

だから一人の時はちゃんとホモサピをしていると思う。


 一番最初に先輩と飛んだ時はゲロゲロになっちゃって大変だった。

だけどあれは、目まぐるしく変わる視覚情報と内耳が伝える常と変わらない1G重力下の平衡感覚がずれまくったことによるものらしい。

ヒッピー梶原がそう言ってた。

 面白いことに飛行中も下は下として認識できている。

それは地面に突っ立っている時に感じる下とまったく変わらない。

どういうことかと言うと、飛行している時目蓋を閉じれば、居間でソファに寝そべっているのと感覚的には区別がつかないんだよ。

 飛行時間を稼ぐにつれ今では先輩もあまり酔わなくなった。

脳みそが視覚と平衡の感覚的混乱に慣れたのだろうね。

橘さんと三島さんは最初からへいちゃらだった。

秋吉はまだ飛行中に目を瞑っていない限り酔い止めを飲まないと駄目だね。

 実験の結果、ごく早いうちに“あきれたがーるず”のメンバーは全員。

飛行中に物理法則がキャンセルされちゃうってことは分かっていたんだ。

後になってこのことは、僕を中心として発生する現象。

数多あるご都合主義的効果の内の一つに過ぎないことが分かった。

それはまだ明らかになっていない僕のドナムが引き起こした現象らしいよ。

我ながら自分が不気味だな。

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