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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 44

 ロージナでの会合は女子会に於けるシスター藤原の待遇改善が主題。

僕はうっかりそう思ってしまったのだが実は違った。

あの会合は僕たち“あきれたがーるず”一味へのボランティア依頼が本来の目的だった。

シスターは公私の要件を天秤に掛けまずは私事を優先させたってこった。


 静かな休日の昼下がり。

憩いの一時をロージナの珈琲に求めるお客様をギャラリーに巻き込んだあの愁嘆場はなんだったんだろう。

底辺のモブを自認しその事に満足して日々を送る少年を晒し者にしたあの阿鼻叫喚だよ?

シスターは落し前をどう付けてくれるのだろう。

 戦前のドイツ映画「制服の処女」。

僕が立川の名画座で見たあの映画をシスター藤原も見ていたに違い無いよ?

女の園。

女子修道会で繰り広げられる清純な修道女の物語だからね。

シスターは主人公のマヌエラも斯くやの迫真の演技だったよ。

お陰で僕はギャラリーの皆さんにドン・ジュアンばりの女たらし扱いさ。

僕が好色放蕩なプレイボーイだなんて、オズの魔法使いレベルの過大評価だよ?

「あら、あら、ご謙遜を」

ニタリと笑った三島さんが西の悪い魔女みたいだったな。


 板から降りて演技を辞めたシスター藤原はOFUの大幹部に戻った。

清楚で愛らしいシスターがビジネスライクな修道女にメタモルして、ロージナの空気が劇変する。

「まどかさんには九州まで行って頂きたいのです」

「もしやボランティアのお話しでしょうか?」

「そうです。

そこである人と面談してきて頂きたいのです」

「・・・いったいどなたとです?

東京に出てきて貰うって訳にはいかないんですか」

「当人はその気満々なのですが・・・。

色々と不都合がございまして。

私どもの間では鎮西のご隠居とお呼びしているOFU最古参の大幹部・・・でしょうか」

シスターは目を伏せ、あどけなくも愛らしいため息をつく。

その儚げな美少女ぶりにギャラリーから軽いどよめきが起きる。

三島さんの発言で一幕一場の笑劇が終わりシスター藤原の一人舞台は終わった。

シスターのリセットで宙ぶらりんになり行き場を失ったギャラリーさんたちのお心が、僕には

いたましかった。

だかそんな皆さんのお心も彼女のぶりっ子でなんとか持ち直したよ。

シスターが無意識に垂れ流した清純派風味のあざとさが、格好のカーテンコールになったわけさ。

こうしてロージナに現出した妖しくも不可思議な野外劇に無事幕が引かれたのであった。


 ロージナで語られたシスターの説明は、歯切れが悪く今一つ要領を得なかった。

そこで後日、ブリーフィングの際に萩原さんやヒッピー梶原に改めて尋ねてみたんだけどね。

萩原さんは「会えば分かるよ・・・まあ君等なら間違いは起きないだろうが」と困った様に笑うだけだった。

ヒッピー梶原に至っては「あの人については勘弁してくれ」と肩をすくめて天井を仰ぐありさまだった。

 九州へは夏休みに入ってすぐ派遣されることになった。

古参幹部との面談とは言っても新人の顔見せみたいなものだと改めて萩原さんに説明を受けた。

此方の解釈としては『OFUの足持ち顎持ちで物見遊山の旅行を楽しんで来る』ってことにした。

とは言ってもね。

桜楓会の最長老と面通しするという一点以外には今一つ要領を得なない。

結局のところ直前のブリーフィングでも、ご隠居その人の詳しい人となりについてさえ分からずじまいだった。

「マドカズエンジェルズに多大なる興味をお持ちのご隠居から出た、たってのご希望なのです」

シスター藤原は半ば投げやりな口調でのたまう。

だがしかし、その口調に反してとても丁寧かつ雅に頭を下げたんだよ。

何かがおかしかった。

 三島さんは女の第六感がざわついたのだろうね。

鎮西のご隠居の正体についてしつこくシスターに食い下がった。

三島さんの奮闘のかいがあり、旅立つその日にようやくのこと。

シスター藤原の一言を引き出せた。

「在原業平・・・ご存じでしょ?」

そう吐き捨てるシスターの顔は越し方の苦渋の全てを貼り付けた様に苦々しげだ。

僕はなんのこっちゃと思ったよ?

けれども秋吉以外のメンツが妙な調子でふむふむと納得しているのが不気味だったね。


 シスターは今回の九州行は、ボランティア活動の第一弾と考えて貰ってよいとも言っていた。

ボランティアと言っても遠くまで派遣されるわけだし、費用の持ち出しはご免こうむりたいところだ。

旅費も宿代も自分持ちならこの話丁重にお断りするのがスジと言うものだろう。

僕がそのことを尋ねてみるとシスターは言葉に詰まった。

これは、経費をケチろうとしているなとピンときた。

予算がどうのこうのと口を濁して話題を逸らそうとする。

けれども先輩が首を傾げて橘さんがひと睨みするとあっという間に態度が改まったよ。

側に控えている菅原さんの強い進言もあったしね。

ヒッピー梶原も『全経費はこちら持ちで頭を下げるべき案件』だと口添えしてくれたな。

 「せっかくの夏休みにお願いする訳ですし、それも初仕事ですからね」

シスターはひきつった笑顔を浮かべ、最後には宮崎東京間の往復航空券を用意して日南海岸のリゾートホテルに部屋を取るとまで言ってくれた。

「道理を通せば無理は引っ込むものよ」

そう口にして薄く笑う先輩は畢竟我らが一党の領袖だし。

背後に控える橘さんは侠気に満ちた鉄砲玉だ。

 「そんなに経費が心配なら、先様に上京していただければ安上がりなのでは?」

「あの人が重い腰を上げるのは、例えばまどかさんがピンチになって橘さんがリセットしそうな時くらいしか考えられませんヨ。

今までのあの人のスタンスから考えるとですけど。

・・・今回はあの人も上京する気満々でしたが、桜楓会も色々難しい問題を抱えてまして。

皆様に九州までお出まし願うことになりました」

僕が提案してみると、シスター的に考えられる限りで最も大きい災厄を例に上げて肩をすくめて見せた。

 結局は、橘さんと秋吉が飛行機を使い、残りの三人はドナムで飛んで行くことになった。

経費は全額桜楓会持ちで長距離飛行の訓練を実施なんて話が、どこからともなく湧いて出た。

先輩と三島さんはその話に飛びついて大はしゃぎで準備を始めたよ。

もちろん僕の意見なぞには、ふたりともはなっから耳を貸す気なんかない。

橘さんと秋吉は大いに不満そうだったけど、宮崎での遊覧飛行を約束してなんとか納得してもらった。

“あきれたがーるず”の執事たる少年太鼓持ちはバランス感覚が大事なのだ。

いつだってメンバーのみんなを満足させなけりゃならない。

僕の個人的願いとしては是非にでも飛行機に乗ってみたかったのだけれどもね。



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