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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #151

第十一章 承転:1

 と言うわけで、わたしはマンハッタン島の北西部までたどりついた。
ポップシコールニアとかいうへんてこな名前が付いた村だ。
そうして何の因果か、喇叭亭というやっぱりへんてこな名前がついた旅籠のおトイレにこもっている。
 ユリシーズ号を空襲する際にボコられて、わたしはディアナやスキッパーと一緒に海に落ちた。
あれからほぼ一週間が過ぎていた。
ユリシーズ号はやっつけたと思う。
だけどカウンターを喰らってボコられたピグレット号が、その後どうなったのかはまったく分からない。
ミズ・ロッシュ・・・ママはどうなったろう。
わたしみたいなひ弱な美少女なんかと違って、結構しぶといおばさんだしね。
何度も死地を搔い潜ぐって来たらしいから、今度だって大丈夫だろう。
不思議なことに、わたしはほぼ直感的にミズ・ロッシュの生存を確信していた。
それに、あの艦長が指揮を執るピグレット号だよ?
どうにかこうにかピンチを逃れたたんじゃないかと思う。
それは、わたしが今こうして生きている以上に、確かな事のように思えた。
わたしはユリシーズ号の対空射撃で、腕の骨は折れるし腸がはみ出そうになるくらいの大けがを負った。
幸い機転が利き度胸もあるディアナの的確な処置と、先祖伝来の生体ナノマシーン様のご助力で順調に回復を遂げることができた。
遭難の翌日には何とか歩けるまでになったのだ。
このことからしても、ナノマシーンなんてものをこしらえたご先祖がたどり着いた科学の領域は、魔法の類に近いのじゃないだろうかと思う。
 そりゃ、一山当てたいと思ってる業突張りにとっちゃ、わたしが抱え込んでる能力は、宝島の地図みたいなもんだろう。
だったらさ、わたしのことはもっと丁寧かつ大切に扱えってんだ。
大砲を撃って殺そうだなんて、どう言う了見だろう。
 遭難した翌日、わたしたちはさっそくフルーツコーストを後にした。
可及的速やかな原隊復帰の旅に歩み出したのだ。
わたしたちの旅は、燃料木や鉱物木から成る混成林の緩斜面をゆっくりと登るところから始まった。
斜面を登り切った上には台地が広がっていた。
そのまましばらく歩くと、わたしたちはフルーツブナの広大な林に迷い込んだ。
無数に立ち並ぶフルーツブナの木々には、色とりどりの奇妙な果実がたわわに実っていた。
大小の果実は色も形も様々で青から赤まで虹の色は全て揃っていた。
形も球形や多胞状、円盤型、短冊状、中には風で揺れるたびに変形する実まであった。
フルーツブナは何と言うか、実にシュールないろどりと形状を持つ果物だった。
わたし達二人と一匹は、そんなアートっぽい果実がぶら下がったフルーツブナ林を、よたよたとさまよい歩いたのだった。
 ディアナの記憶に残る曖昧で不確かな脳内地図と変わり映えのしない景色。
加えて地磁気の異常があるのか、時々南北が入れ替わるコンパスに、わたしたちは存分にたばかられた。
そんな訳であっという間に、わたしたちはさまよえる御一行様になってしまった。
踏破距離が出なかったのは、もちろんわたしが負った怪我のせいもあったけどね。
ディアナとスキッパーがのろのろと歩くわたしに合わせて、まるで散歩の様な道行きになってしまったのだから仕方ない。
だがしかし、そうしたぶらぶら歩きに増して時間が掛かった一番の理由は、何と言ってもフルーツブナにあった。
つい昨日まで、新鮮な野菜や果物が極端に不足した食生活を送っていたわたしたちだった。
海でも空でも、船の上の食事情なんてそんなもん。
ステラさんが調理してくださったので艦内食はとっても美味しかった。
だけど、穀類や缶詰素材がメインなミリ飯生活にはほとほと飽き飽きだった。
それがだよ。
今や、ただ歩いているだけで、重たげにぶら下がっている無数の果実が、嫌でも目に入るのだ。
フルーツブナの実はヴィジュアル的にはかなりアレだったけれどさ。
わたしたちにとっては、正に干天の慈雨と言えた。
延々と続く色彩の迷宮は一転、砂漠のオアシスのように思えたものだ。
要するにわたしたちは、フルーツブナを食いながら道草も食ったわけだ。

『そうよ・・・地図は無いし方位も良く分からなかったので迷子になっちゃいました、てへっ。
という弁明は完全に後付けです。
わたしたちは、可及的速やかな原隊復帰の事なんぞは、取り敢えず意識の外に追い出したのでごさいます。
思うさま食べましたとも。
ええ。
二人と一匹で貪り食いました。
生真面目軍人のディアナですら異論は差し挟みませんでしたよ?』

 原理原則にうるさいディアナが、悩みに悩んで日誌にでっち上げた言い訳は、いわゆる詭弁というやつでありましょう。
ディアナは分隊長なので毎日日誌を付けていたからね。
当然、“盗んだ果物食べ放題”も記録する必要があったのさ。
余談になるけれど、事後にまとめる報告書なんてやつは、まったく当てにならないってことが、よーく分かった一件だった。
戦場じゃ目撃証言の心配さえなけりゃだよ。
当事者同士が口裏を合わせてしまえば、現場で何があったかなんて後方の上官には金輪際分かりっこない。
日誌が嘘っぱちなら、それを元に書く報告書だって嘘っぱちってことだよ?
 フルーツブナが栽培植物ということは理解していた。
お百姓さんが丹精込めて育てたことだって、わたしたちは百も承知していた。
ひとつもいでは御免なさい。
二口食べては申し訳ありません。
そうやって脳内法廷の被告席で、野良着姿のアバター様に謝り拝み倒しながら、滋養をチャージしまくりました。
メロンやらオレンジやらぶどうやら。
その他記憶にない芳醇な香りや甘露とのめくるめく出会いの数々。
オニの勢いで体内に流れ込む、糖質脂質蛋白質ビタミンミネラルえとせとらエトセトラ。
そいつら必須栄養素が、五臓六腑肢体の隅々まで染み渡るのが実感できました。
もっとも雑食化しているとは言うものの、何と言っても乳製品やお肉が大好きなスキッパーのこと。
ディアナやわたしと違って、少々物足りないようではあったけどね。
果物大好き乙女なわたしたちにとっては、こんな事態にでもならなければ一生口に入ることが無かったかもしれないご馳走だったのは確か。
都市連合のある中緯度帯では、フルーツブナといえばたいそう高価な果物だったからね。
絢爛豪華な盗み食いで、わたしもディアナもその数日間は天にでも上る心地だった。
ディアナの日誌を元に、主計長のステラさんが後で清算して下さることをあてにしてだな。
ただ食いの罪悪感はひとまず棚上げしたわたしたちだった。
ああ、それにしたってだよ。
プリンスエドワード島のカフェ、グリーンゲイブルズに連日通い詰めたとしてもだよ。
これほどまでの至福は感じなかったろうと思う。
 そんなこんなで飽食のお蔭様々。
我が専属ナノマシーン達も大車輪で良い仕事をしてくれた。
フルーツブナの滋養ってのは、ナノマシーンの大好物なのだろう。
一部中身が見えちゃっていたらしいお腹の大けがだって、連日食い倒れている内に見る見る修復された。
たった数日の内に、それこそ韋駄天の短距離走って勢いで、薄っすらとスジが残る程度にまでに治ってしまったのだからびっくりだ。
骨折だって痛みが消えた頃にはすっかり良くなっていたから、もう何をか言わんやだよ?
そこんとこを考えれば、“フルーツブナ林、貪食の彷徨”で費やしてしまった道草時間も、満更無駄ではなかったと断言できる。
医食同源ってこういうことなのかもね。
 傷の治り具合を調べる度。
『私はアリーの命の恩人』
そうお題目を唱えるように反復復唱するディアナにはほとほと参った。
けれども今度のことで、わたしも少しは成長したらしかった。
いきなり拳固で苦言を呈することは隠忍自重した。

『恩着せがましい娘ね。
今度グリーンゲイブルズでアイス奢るからさ。
それでちゃらよ』

なんて、お姉さんっぽく笑顔で軽く往なせるくらいには大人になったわ。
でもね、わたしが心の底から感謝していたのは本当のこと。
ディアナは正真正銘、わたしの命の恩人だった。
あの状況でわたしなんかのために、彼女は我が身の危険を顧みず命がけで行動してくれた。

『この御恩は一生わすれませんよ?』

ディアナへの謝恩の気持ちは嘘偽りなく、わたしの本心から溢れ出てくるものだったわね、
遭難当日はわたしも弱っていたので『ありがとうね』なんて口走ったけどさ。
この先、わたしが素直に感謝の気持ちを面に出すことは絶対にないだろう。
ディアナはわたしにその一言を言わせたい一心で、今後もあの手この手の仕掛けを弄してくるに違いない。
けれどそれを言っちゃおしまいよってことは、多分彼女も良く分かっている。
変な話、ディアナとの友情がこのまま変わることなく一生続くものならね。
彼女を泣かせるレベルで紡がれる感謝の言葉はそうさ。
いまわの際に心成らずもわたしの唇からもれる最後の一言になると思っている。
彼女はわたしに取って誰にも代え難い腹心の友だからね。
全身全霊に刻み込んだわたしの思いは、ありふれた言葉を並べ立てて表現できる程軽いものではないのだよ。

『なんたってわたしは生まれついての嘘つきだったからね』

 そんなこんなやあれやこれやで、かなり元気を取り戻したわたしがだよ。
こうしてポップシコールニア村の喇叭亭で、おトイレに籠りながら冷や汗を流している。
そんなけったくそ悪い状況に至ったのはどうした事だろう。

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