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友だち

手に入れた知識や知見そのものが贈与であることに気づき、
そしてその知見から世界を眺めたとき、
いかに世界が贈与に満ちているかを悟った人を、教養ある人と呼ぶのです。
そしてその人はメッセンジャーとなり、
他者へと何かを手渡す使命を帯びるのです。
使命感という幸福を手にすることができるのです。
    ―――近内悠太(『世界は贈与でできている』241~242頁)



▼▼▼札幌にて▼▼▼

札幌の土畠君の家にいる。
ここに滞在するのはもう何回目か忘れたし、
何日間泊めて頂いたかも忘れた。
初めて会ったのが確か2009年頃で、
以来14年の間に、
100日とは言わないけれど、
それに近いぐらい泊めて頂いている。
ここは相当良いグレードのホテルのサービスや居心地を、
余裕で上回りますので、
ホテルの宿泊料をとても少なく見積って2万円としても、
最低で200万円以上はお世話になっていると思う。
金銭に換算するものではないのだけど、
敢えて換算するとそういうことになる。
あと、一緒に食事することの価値とか、
学んできたことの価値とか、
すばらしい立地とかここで与えられた友情とか計算に入れれば、
この10倍や100倍の価値を頂いてきた。
「この場所」があったから、
僕の人生はずいぶん豊かになったなぁ、と思う。

そんなわけで、土畠家という「拠点」があるので、
8月3日にコロナ禍のブランクをまたいで4年ぶりに北海道に来て、
札幌→道東の川湯→ニセコ→札幌という移動ができた。
もちろん土畠君に貸してもらった車で。
川湯までは家族と一緒に、
途中家族を新千歳空港に降ろし、
ニセコからはひとりで。

北海道には僕の友人が本当にたくさんいる、
ということを改めて実感している。
それは大学6年間を帯広畜産大学で過ごしたのもあるけれど、
むしろこの14年間、土畠君の家にことあるごとに滞在し、
そこをベースにして旧交を温めたり、
新しい知り合いが増えたりしてきたからなのだと気付いた。
というのは帯広畜産大学時代の友人にも2人だけお会いするが、
それ以外の人々はそうではなく、
愛知時代の友人で今は北海道にいる牧師だったり、
練馬グレースチャペルで聞き屋を一緒にしていたが、
10年前に北海道に移住した友人だったりする。
あと札幌にいるたくさんの友人たちは、
土畠君の家を拠点に、
主にグレースコミュニティという教会の人間関係から、
友情が深められた人々だったりするのだ。

自分がパウロだというつもりは毛頭ないのだけど、
パウロがローマで軟禁状態のときや、
コリントでアクラとプリスカ夫妻の家に
滞在しながら人々と会ってたときって、
こんな気持ちだったのかなぁと思ったりする。

ちなみにアクラとプリスカは、
当時の男性中心主義の規範からは考えられないことだが、
聖書の中で「プリスカとアクラ」という順番で記されている。
これは妻のプリスカがそれほどに重要だったことの証左だ、
とフェミニズム神学者のドロテー・ゼレなどは指摘しているが、
これは土畠家にも当てはまるかもしれない。
土畠家に僕がこれだけ長く、
快適に滞在させていただいている理由は、
比重で言うと奥さんのななちゃんのほうが大きいのだと思う。
まさにプリスカとアクラなのだ。
ともくんとななちゃんではなく、ななちゃんとともくんなのだ。
ななちゃんは決してそういうことを主張しないけど、
そういうところを含めて。

あと繰り返すが僕がパウロ的だというつもりは毛頭なく、
土畠くんのほうがよっぽとパウロ的だ。
彼は日本の障害をもつ人々への医療や教育や研究において、
掛け値なしにパウロのように重要な人物だから、
年中国内外を飛び回っている。

内向的な僕がそれでも、
『使徒の働き』のローマでの軟禁状態のパウロのように、
札幌でこうして人々と会っては旧交を温めたり、
楽しい時間を過ごしたり、
家族と「一生ものの思い出」を造ったりできるのは、
まさにこの2人のおかげなのだ。

なんと感謝して良いか分からない。
「I owe you(私はあなたに借りがある)」という表現が英語にあるが、
どんだけ僕は彼らに owe しているか分からない。
天国にいったら返せるのかな。
たぶん返せないだろうな。

そして彼らはお返しを受け取るような人ではないので、
僕は彼らに背を向け、
世界に向かってその恩を返す。
いや、恩を送る。

そのときには、
「僕に対して決して返せない人」に、
贈与せねばならない。
そんな恩を僕は各方面から受けてきたという自覚があるので、
自分の人生がどうか「世界への贈与」であって欲しいと、
祈りながら生きている。

返すことのできない恩恵を、
僕が先に贈与されてきた。
いくら鈍感な僕でも気付くぐらいにたくさん。
だから恩を送らずにいることは不可能なのだ。
世界はきっとそういうふうにできている。
パウロはイエスから、テモテはパウロからそうされたのだ。
そうやってバトンは渡されてきたのだ。


▼▼▼仕事と愛▼▼▼


さて。

札幌を拠点にあと2週間過ごす。
僕が避暑のために北海道に滞在するのは今回が初めてだ。
鬱病再発予防のための「お試し」として3週間滞在してみる。

目的はだから「脳を冷やすこと」であって、
「休む」ことではない。
「サバティカル(安息期間)」とは違うのだけど、
たぶん多くの人が「サバティカル」だと思って、
予定をなるべく入れないようにしてくれている。
そうやって気を遣ってくださっているからか、
単純に必要とされていないからか分からないが、
今回の滞在中、教会の奉仕や仕事の案件の予定を入れてくれる人は、
だれもいなかった。

「脳を冷やす」ことが目的なので、
完璧に仕事環境が整っている土畠家で、
僕は滞在中、東京にいるときと変わらず仕事をする予定だ。
敢えて自分からガンガン予定を入れることはせずに来た。
それでも割と予定は埋まっていくもので、
東京にいるときとちょうど同じぐらいの忙しさになりそうだ。
脳を冷やしながら仕事をするのにはちょうど良い感じではある。

そしてそれらの「予定」というのは、
大半が旧交を温めるような「再会」だったりする。

僕は良い友人に囲まれてきた。
いや、囲まれている。
本当に良い人生だと思う。

ジークムント・フロイトはかつて、
幸福の処方についてたずねられたとき、
きわめて明確で短い有名な答えをした。

「仕事と愛」

フロイトはこう答えた。

仕事と愛。

そうなんだ。
仕事と愛なんだ。
使命としての仕事。
友情や家族愛。
これが人生のすべてなんだと思う。
本当にそう思う。

この5年ぐらい、
鬱が再発して地獄を味わったりしてきたし、
ミクロレベルでは悲しいことも情けないことも、
悔しいことも腹の立つことも苦しいこともある。
それはいつだってある。

それでも、と僕はこの数年、
ことあるごとにしみじみと思うのだ。
「あぁ、僕って幸せだなぁ。
 本当に幸せな人生を生きてるなぁ。
 良い人生だったなぁ」と。

「俺って本当に幸せだなぁ。
 良い人生だよなぁ」
妻や親しい友人だけに、
ときどき感慨を込めて言う。
感動がこぼれて言ってしまう。
今日死んでも本望だ、と。

妻や子どもに迷惑をかけるからそれはできないが、
「我が人生に一片の悔いなし」
と北斗の拳のラオウのごとく仁王立ちして、
自分の人生を振り返り、
神をほめたたえるのだ。

それは、
「仕事と愛」なのだろうなと思う。

仕事=召命でいえば、
年々、神から自分が何を任されているのかが、
明確になってきている。
僕のこの特殊な能力や性質を用いて、
神がこの時代になしたいことが明確になってきている。
僕は自分のスキルセットを研ぎ澄まし、
そのなすべきことの大きさにではなく、
忠実さにこだわりながら、
喜びをもって没入している。
本当に幸せだ。

愛=友情でいえば、
今日の記事で書いたとおりだ。
妻という親友を含め、
僕は友人に本当に恵まれすぎている。

そしておそらく、
仕事と愛は相関している。
良い友人は良い仕事(の態度・理解)へと我々を導き、
良い仕事は良い友人へと私たちを導く。
「良い仕事とは何か」について、
友人たちと語り合うことで僕たちはその意味の理解を深め、
深いレベルで仕事に取り組むとき、
違う分野で同じような姿勢で仕事している友人ができる。

このポジティブフィードバックは「ニワトリタマゴ」理論でいえば、
どちらが先なのだろうと考える。

今のところ、僕の仮説は、
「友人が先」だと思う。

愛が先なのだ。

フロイトは「仕事と愛」と言った。
僕は「愛と仕事」だと言おう。
もし本当に今日死ぬのだとしたら、
メルマガ読者への僕の「遺言」は、
「友だちをたいせつにしろよ」になるだろう。

しみじみと、そう思う。

終わり。


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参考文献および資料
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・『聖書の中の女性たち』ドロテー・ゼレ
・『新約聖書 使徒の働き』 日本聖書刊行会
・『世界は贈与でできている』近内悠太
・『フロー体験』M・チクセントミハイ


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