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スーパー・らくだのクリスマス(短編小説;2,800文字)

「お願い! 歩美あゆみちゃん、やってくれない?」
 中島チーフが手を合わせた。
「できません! 絶対ダメ!」
 チーフに頼まれたら、たいていのことは引き受けてきたけど、これだけはイヤ。
「ウチでは歩美あゆみちゃんが一番若いのよ。お願い!」
「アタシじゃダメですってば! やっぱり男の人でないと! ……あ、そうだ! 社長のドラむ ── あ、いやその、む ── 息子さんにやってもらえばいいじゃないですか!」

 ドラ息子は開店時間と共に流れる、間延びした《スーパー・らくだのテーマ》を作曲した以外、ほとんど会社に貢献していないんだから。

「社長も最初は息子さんに頼んだって……でも、イヴにデートだからって」
「ええっ? そんなのありえない! 見得みえ張ってるだけですよ! 第一、アタシたち従業員だってクリスマスはみんな休みたいのに、そうはいかないんだから!」
「……わかるわよ。わかるけど……」
 これ以上は中島チーフを困らせるだけ、この件は自分でカタを付けることにした。
「わかりました。アタシがなんとかします!」

**********

「で、歩美あゆみちゃん、どうするつもりよ、サンタクロース?」
 チーフが仕事に戻ると、休憩室ではさっそくその話になった。
「やっぱり、体格のいい男の人がやった方がさまになると思うんですよ。写真撮るときに小さい子を抱きかかえることだってあるし……」
「そうよね……で?」
「うーん。誰かいませんかね?」
「ウチのスーパー、男性陣はみんな、精肉部門も鮮魚部門も、ギリギリの陣容でやってるもんね ── それこそ、家族や彼女サンとのクリスマス・イヴだって、遅くならないと合流できないくらい……」
「……そうですよねえ」
「去年までは店員全員がサンタの赤帽を被って仕事するだけだったのにねえ!」
「なんで社長、今年は本物のサンタを連れてこようと思ったのかしら」
「なんかねえ、去年のクリスマス・セールが冴えなかったんですって! 原因を調べたら、ライバルスーパーがサンタを呼んできたらしいのよ。それで子連れはもちろん、オバサン連中もそっちに流れたんですって!」
「へえ!」
「ま、わからんでもないか……」
「だったら、なんで、ドラ息子にやらせないのよ?」
 ここまで自分で言ったところで、アタシにはようやくわかった。
(あの、愛想のないドラ息子じゃ、逆効果だわ……)
 社長、たぶん、自分でもわかってるんだ……。
「で、歩美あゆみちゃん、どうするつもりよ、サンタクロース?」
 話は最初に戻ってしまった。

**********

「ホーッホッホッホ! みんな、良い子でいるかな?」
 イヴの午後、サービスカウンターの前に設けた特設ステージで、例の真っ赤なユニフォームに身を包み大きな袋をかついだ白髭のサンタクロースが辺りを見渡した。
「はあい!」
 よちよち歩きから小学生まで、子供たちが手を挙げて叫ぶ。
「ホーッホッホッホ! 元気がいいな、みんな! クリスマスは楽しいかい?」
「はあい!」
 どこまでも陽気なサンタさんに、みんなノリノリだ。

「……信じられない」
 アタシの横でつぶやいたのは、小林さんだ。アタシも彼女も、帽子だけはサンタだ。
「あれ、……土盛クンでしょ? ……ありえない、あのテンションの高さ」
 信じられないのはアタシも同じだった。

「ようっし! サンタのおじさんと写真を撮りたい良い子は、1列に並んで!」
「はあい!」

 子供とソファに腰かけ、あるいはひざに抱き、手を挙げポーズをとっているのは、間違いなく、あの《モグラJr.》だった。
 小林さんとは中学まで同級で、高校に入って間もなく不登校になったというジュニアだ。引き籠りで自分では何もしないくせに食材にやたら文句を言いまくるんで、お母さんが《モグラ化》してしまった、あのジュニアだ!

**********

 中島チーフの頼みに困り果てたアタシが、夜のコンビニに呼び出したのが、《モグラJr.》だった。

「ええっ、スーパーでサンタクロースに扮する? イヴとクリスマスの2日? ボクが? ……そんなことできません。歩美あゆみさん、知ってるでしょ? ボク、30過ぎまでずっと家に引き籠っていて、……人と話すの、ダメなんです……」
 予想通りのリアクションだった。
「そっか……そうだよね、やっぱり無理だよね……アンタには」
 アタシは《押さない作戦》で行こうと決めていた。
「……やっぱり、アタシがやるしかないかな。レジ仕事だけでもたいへんなのに、サンタさんの格好して子供を抱いて写真撮ったり、重労働だけど、……仕方ないかな……じゃ」
 肩を落としてジュニアに背を向け、トボトボ歩き始めると、
「ちょ、ちょっと待ってください」
(……ほら、かかってきた)
「ボ、ボク、……やります、やってみます!」
「……ホント?」
 アタシは《天使の瞳》を輝かせ、振り返った。

**********

「昨日今日とお疲れさまでした。それにしてもすごかったわね。……まるで別人だったわ」
 サンタの服を脱ぎ、付け髭も外した《モグラJr.》をねぎらうと、下を向いてオドオド話すジュニアに戻っていた。
「ああ……どうしたのかな、ボク、……サンタの恰好したら、なんだか急に大胆な気持ちになったみたいで……」
「ホント、堂々としたサンタクロースのおじいさんになりきってた。子供たちも、写真を撮ってる親御さんも、大喜びだったよ」
「で、でも、コスチューム脱いで元に戻ったら、やっぱり元のボクに戻ったみたいで……」

「はい、これ」
 アタシは封筒を差し出した。
「昨日今日、2日間のサンタ仕事のバイト料。おかげで去年のクリスマス・セールよりお客が多かったみたい。社長、約束より弾んでくれたみたいよ」
 《モグラJr.》は一瞬、目を輝かせた。たぶん、これは、彼が人生初めて自分の力で稼いだお金だ。
「う、う、うれしいな」
「でしょ?」
「ボ、ボク、これで歩美あゆみさんに何か ── あ、そうだ、クリスマス・プレゼント、買いたいな」
 ジュニアは相変わらず消えるような声で、でも、おそらく彼としてはとても大胆なことを言った。
「ありがと。でも、アタシより前に、お母さんに何かプレゼントしたらどうかな?」
「あ……ああ……うん……でも」
「じゃね、お疲れ!」
 帰り支度のアタシに、ジュニアはまだモジモジつぶやく。
「……サンタクロースのコスチュームの中では、何も怖いもの、なかったのにな……でも今は……」

「あのねえ」
 アタシはついに声を荒げた。
「だったら、明日からもずっとサンタのコスプレしていたらどうよ? 社長、あんたを気に入ったみたいで、来年もサンタ、頼みたいって! それまでコスチューム、誰も使わないから、持って帰って着ててもいいわよ。1年365日、あんただけずっとクリスマスやってればいいじゃない!」
「そ、そんなあ……」

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