すぐそこにある《成果》 (SS;2,500文字)
はい、ただいまご紹介にあずかりました、市会議員の流石太郎、流石太郎でございます。本日はここ、闇雲小学校の運動会にお招きいただき、ありがとうございます。わたくし、市会議員の流石太郎、流石太郎は、かねてより体育教育の推進と市民の健康増進には力を入れておりまして、一昨年着工し、今年オープンした市営スポーツセンターは、私が尽力して建設したものであります。
「へえ、すごいね! オジサンがスポーツセンターを造ったんだね、ひとりで!」
あ、この声はなんでしょう? ……ああ、児童会長ですか。ユウタくんというの? 放送室から話してる?
「ひとりであの大きな建物を作るのはたいへんだったんじゃないですか? 鉄筋を運んだり、コンクリートを流し込んだりするのも、全部、オジサンがひとりでやったんだね!」
い、いや、それはもちろん違うよ。みんなで力を合わせて建設したんだ。
「なあんだ、じゃ、『私が』じゃなくて、『私たちが』だね? 国語の時間に習ったよ ── 主語が単数か複数かで誤解を招くことがあるから注意しなさいって」
そりゃ、そうだね、オジサン、いや、市会議員の流石太郎、流石太郎としては、まったくうっかりしていたよ。気をつけないといけないね。
「……で、オジサンは、スポーツセンター建設の、どの部分を担当していたの? 鉄筋を運んだのか、コンクリ……」
あ、いやいや、私は実際に建物を造っていたわけじゃないんだ。これも、もし誤解させてしまったなら申し訳ない。
「でも、オジサン、『建設した』って……」
スポーツセンターを建設するにはものすごくたくさんのお金がかかるんだよ。この市会議員の流石太郎、流石太郎はね、そのお金を出すことを決めたのです!
「すごい、オジサンってお金持ちなんだね。それに、エライ人なんだ! スポーツセンターを建てるお金を全部自分で出したなんて! ボクたちみんな、オジサンに感謝しなくちゃいけないね! ありがとう、おじさん!」
あ、……またまた誤解しているみたいだけど、オジサンが自分のお金を出したわけじゃないよ。
「え? ……どういうこと?」
オジサンはね、スポーツセンター建設のためにこの市のお金を使うってことを決めたんだよ。すごーくたくさんのお金がかかるからね、オジサンが頑張って決めたんだよ。
「へ? でも、先生が言ってたよ。この市の財政って赤字なんでしょ? だから、先生たち地方公務員の給料、ちっとも上がらないんだって! 校長先生も、退職金がどんどん切り下げられてるってぼやいてたよ! つまり、先生たちの給料が上がらないのも、校長先生の退職金が下がってるのも、オジサンが赤字なのにスポーツセンターを建てることを決めたからなんだね? オジサンのせいで先生たちの給料は上がらないんだね?」
あ、いや、ちょっと待ってよ。スポーツセンター建設と先生たちの給料とは関係が……。
「でも、同じ市の財政からお金が出てるんだよね! オジサンが、先生たちの給料より、スポーツセンターの方が大事だって思ってるからだよね?」
い、いや、そうじゃない……それに、オジサンがひとりで決めたわけじゃなくて、議会でみんなで話し合って決めたんだよ。
「あれ? さっきは『オジサンが頑張って決めた』って言ってたじゃないか! みんな、そう聞いたよね?」
いや……校長先生、なんとかしてくださいよ。あの子の放送、止めさせること、できないんですか? ……どうしたんですか? なんだかニヤニヤしているような……。
「それから、オジサン、最初に『闇雲小学校の運動会にお招きいただき』って言ってたけど、この小学校、ネーミングライツを闇鍋建設に売ったんで、今の名前は、闇鍋建設小学校なんです!」
え、闇鍋建設?
「オジサンはスポーツセンターの建設会社を決める時に、闇鍋建設のような地元企業じゃなくって、大手ゼネコンの関連会社、鱈腹建設に受注させるべきだ、と強引に主張したそうですね。それで建設費用が2割ぐらい高くなったっていう噂だよ」
……どうしてそんなこと知ってるんだ?
「以上、まとめると、オジサンは、
1.先生たちの給料を上げないために、
2.校長先生の退職金を切り下げるために、そして、
3.地元企業に落ちるはずのお金を大手ゼネコンに回すために、
市議会ですごーく頑張ったんですよね!」
そんなまとめ方、するんじゃない! それに、私ひとりじゃない、みんなで決めたんだ、って言っただろう!
「あ、もうひとつ ── 箱モノ建設って、建てる時にお金がかかるだけじゃなくって、ランニングコストもかかるし、修繕費もかかるし、壊す時には解体費用もかかるんだよね? だから市の財政負担はずっと続くし、ゼネコンにとってはオイシイから、役人や議員を抱き込むらしいね。それでオジサンも頑張っちゃったのかな?」
いい加減なことを言うんじゃない! 校長先生、どうなってるんだ、この小学校は! こら、校長! なにヘラヘラ笑ってるんだ!
「オジサン、いえ、市会議員の流石太郎サン、全部マイクが拾ってますよ」
「……あわわわ」
「あれ、そういえばオジサン、途中から『市会議員の流石太郎、流石太郎』って繰り返さなくなっちゃったね? どうしたのかな……?」
……。
「元気、なくなっちゃったのかな?」
……。
「でもみんな、今日はオジサンのおかげでいい勉強になったね! 単数と複数をうまく使い分けて、みんなの成果をひとり占めしちゃう人もいるんだってことがわかったよね! あ、それから、そういう人に限って、都合が悪くなると他人のせいにして責任逃れしようとするんだね!」
……で、では、わたくし、次の予定があるので、これで……。(こんな学校、もう二度と来るもんか!)
「あ、そういえば、校長先生が言ってたよ。いつも『お招きいただき……』と言うけど、あっちがイベント情報を嗅ぎつけて来賓あいさつさせろ、と勝手に押しかけて来るんだって、ホントは迷惑なだけだって……」
ネーミングライツの経緯は:
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