見出し画像

田舎に住むのは《理不尽に耐える》ということでもありますよ、との忠告

木曜ドラマ「ハヤブサ消防団」を見て、20年近く前、田舎に移住しようと計画した時のことを想い出しました。

入社して以来、大都市から郊外の勤務地まで通っていましたが、住みにくい家だったので、通勤時間は同じくらいのさらに田舎に住もうか、と考え、週末にいくつか土地を求めて歩きました。

その中のひとつに、当時の自治体名にまだ「村」が付いていた場所がありました。ただ、土地の出物は少なく、面積的にも価格的にも許容範囲だと思ったところは、すぐ上に砂防ダムがありました。

社内でその「村」に住んで同じ事業所に通勤している人がいたので、意見を求めてみました。
彼は奥さんがその村の出身であり、義父母の土地に家を建てて住んでいました。

「……田舎に住むというのは想像以上にたいへんなんですよ。理不尽なことも多い
開口一番、こう言われました。
「理不尽って……近所付き合い……とか?」
「うーん、まあ、ある意味では近所付き合いとも言えますが、正確には社会 ── ムラ社会です」
「はあ……たとえば?」
「たとえば、谷さんが引っ越して来たら、まず、消防団に入らなければいけません
「ふーん。今住んでる学区にもそれらしいもの、あるけど、たぶん、自営の若い人がやってて、会社員には声が掛からなかったんじゃないかな?」
「田舎はそうではありません。私も転入したら、即、入らされました ── 別の町に通うサラリーマンですが
「そりゃ、その時、キミが若かったからだろ?」
「いや、谷さんは十分若手です
「え? 40代後半だぜ?」
年金もらってなければ若手です ── それに、年齢というより、『新入り』というのが決めてなんです」
「でも、会社で仕事している最中に火事だと言われても……」
「いや……とにかく、できることをできる限りやる。駆けつけられるなら駆けつける。年に何度か『消防訓練』がありますが、当然会社は休まなければなりません

(……つまり、コミュニティに入った以上、それを守る義務を負う、ということだな……)
── ま、そりゃそうだろう……。

「消防団には入るよ ── もし、住民になれば、だけど」

「それから、選挙になると、候補者と一緒に交代で選挙カーに乗らなければなりません
「え? その人を応援していたら ── ということじゃなくって?」
「頼まれて選挙カーに乗らない人間は、何か敵対する思想の持主か、よほどの変わり者として、どちらもコミュニティから精神的に排除されます」
「はあ……それは辛いな」

「そして……これを一番最初に言うべきだったかもしれませんが、ここではまともな土地は売りに出ません
「え? どういうこと?」
「そもそも、売る理由がないんです。川に沿った狭い土地で、人が住めたり畑や田んぼになるような土地は全て使われています。『村』といっても大きな会社のある都市には通勤圏内なので、人は出て行かないし、将来的に地価は上がると見られている ── もちろん、たまに家族全員で引っ越したり、経済的な事情で土地を手放す人はいるけれど、たいてい親戚か知り合いに売る ── だから、市場に出ないんです」

確かに、過疎の『村』とは事情がまったく異なるのだろう。

「どこか見つかりました?」
私は候補とした土地を挙げた。
「……ああ」彼の表情は曇った。
「砂防ダムの下ですね……やめた方がいいです。でも、私がそう言ったなんて不動産屋に言わないでくださいね」
「でも、すぐ近くに新築らしいログハウスがあったけど」
あの人も余所よそ者です。……知らないんでしょうね

── この会話の後、私は「田舎居住計画」を断念した。
その『村』はその後近隣の大都市に編入合併された。

私は時折、(新参者が強制的に消防団に入る慣習はともかく)「選挙カーに乗らなければならない」ムラのオキテは合併を経て変わったろうか? ── と考える。

この記事が参加している募集

テレビドラマ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?