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期せずして、ゴミ屋敷発掘現場から

夏休みに小さな客が来訪&しばらく滞在することになったので、「ゴミ屋敷」と化している書斎と「カッパドキアの間」と呼ばれる(理由は想像されたし)部屋を掃除するよう鬼軍曹に命じられているが、なかなか進まない。
進まない理由は、ビルの建設現場から古代遺跡が出現したように、昔書いた原稿や論文のコピーが見つかり、
「おお! 懐かしい!」
と読み耽ったりするからです。
かくして、鬼軍曹はますます厳しくなり、懐かしい品を泣きながら廃棄したりしていますが、中にはnoteネタにしたい「埴輪はにわ」などもが発掘されます。

その中のひとつがなかなか面白い(というと、苦虫を噛み潰したような顔をする先生もいるでしょう ── でも、たぶん彼らの目に触れないでしょうから気にしないことに……)ので書いてみます。

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2000年の夏か秋頃、とある大学の先生(応用化学専攻)から、日本化学会の機関誌「化学と工業」への原稿執筆を依頼されました。その先生は当時この学会誌の編集委員でした。

「2001年の1月号は、新世紀第1号ということで、『21世紀の化学に期待する』と題する特集号を組むことになりました。そこで、このテーマで多様な人たちに原稿を書いていただく方針が決まったのです」
「へえ、化学の専門家以外にも書いてもらうの?」
私は「化学系」無機材料研究者ではあるが、化学会員ではない。日本化学会は、日本で最大の会員数を誇る学会で、ノーベル賞学者も多数輩出している。
「ええ。もちろん、農業化学とか石油化学とか、専門家が21世紀への展望も書かれる予定ですが、例えば、高校の先生が化学教育についてだったり、化学を学んだ専業主婦の方が台所化学を書いたり、など多様性に富んでいます」
「……で?」
「編集会議で、小説家にも依頼したいね、という話になりまして……」
「ほう?」
「でも、プロの小説家に依頼すると原稿料高いんじゃないか、という心配もありまして」
「はあ……」
「しかも、『化学』との距離が短い小説家って、誰かいるのかねえ……と暗礁に乗り上げかかったのです」
「それで?」
「私が谷さんの話をしたら、その人がいい、頼みましょう、とトントン拍子に進みまして……」

この先生も、その後、この提案を深く後悔することになるのでしょうが……当時の(いや、今も?)『私の常識』と『世間の常識』とは確かにギャップがあり、しかも、『学会の常識』とはさらに大きな乖離があるようです。

「……ということは、私に期待されているのは研究者としての記事ではなく、小説家としての記事ですね?」
「そうです。他の執筆者と同じ、ホントの『薄謝』になりますが……」
「いや、面白そうなのでお引き受けします。タイトルは……そうですね……『小説の題材としての化学者』でどうでしょうか?」
「お! いいですね。よろしくお願いします」

この特集号の目次がバックナンバーのページに今も残っている。

執筆者は20人、触媒化学の大家で日本化学会会長も務められた御園生誠先生が「環境・安全と21世紀の化学」と題して執筆されていたり、特集に相応しい表題が並んでいる

私の原稿表題だけが異質
しかも、当初の提案タイトルと微妙に異なることに気付かれたかもしれない。

実は原稿を送った後、依頼された先生から電話がありました。
「……実は、編集会議で谷さんの原稿が問題になりまして……」
「……でしょうね」
「エライ先生の中には『フザケとる! なんだ、こいつは!』と怒りだした人もいまして……」
「え、そこまで? ……書き直し、でしょうか?」
「いや、そこで私をはじめ、むしろ小説家らしくていいじゃないですか、と擁護する若手も何人かいまして……」
「ほう……」
── 間違いなく、この先生には相当なご迷惑をかけただろう。

「それで、ひとつ、提案が出ました。怒っている先生方は、
『日本化学会で実際にこんな議論がされている、と誤解されるのは困る!』
と言っておられるのです。そこで、この記事全体がフィクションである、とはっきりさせればいいのです」
「── どう読んでもフィクションですよね」
「私はそう思います。でも、世の中にはいろんな人がいます。そこで、
『小説の題材としての化学者』

『小説:題材としての化学者』

1字だけ変えたいのです。それだけでこの記事全体が『小説』だとわかります。そこだけ変えることをご了解いただければ、この原稿はそのまま掲載します!」

うーむ。この提案をした人(たぶん、この先生)は天才か!と思いましたね。

22年前の記事、読みたいですか?
私は読み返してみて思いましたね……。

そりゃ、日本化学会の会長さんやら学会誌の編集長やら怒るはずだわ……むしろ、よくぞ、
1字変えただけで掲載を許可した!
アッパレ、日本化学会(の編集会議)!


22年前の掲載記事は……

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