何者か

夏だ。暑い夏だ。気だるい夏だ。バテきった夏だ。動きたくない夏だ。
夏になるたび、自転車で走り回っていた営業の頃を思い出してしまう。



朝、誰よりも先に支店に着き掃除をはじめる。
抜いても抜いても生えてくる、雑草を引っこ抜く。
拾っても拾っても増えている、ポイ捨てタバコを拾う。
壊れた電動自転車にまたがって、いつもの営業エリアへ。
橋を渡るので、それだけでもう暑くてたまらない。
お客さんの家に行って、汗を拭いながら話をする。
「ちょっと、汗がひくまで待ちなさい」と冷たい麦茶を貰う。
扇風機の風でなびく書類を、習字の文鎮を借りて抑える。
懐かしいですねなんて言いながら、書道の話に脱線する。
少しでも涼しい場所にいたいので、雑談をいっぱいする。
自転車に戻ると、サドルは火傷するほど熱い。
営業ノルマにはまだまだ届かない。
新しいお客さんを作ろうとチラシを配って回る。
管理人さんに「うちはチラシだめだよ」と注意される。
一軒一軒、ピンポンを鳴らしてまわり、直接チラシを渡す。
緊張しながらボタンを押すけど、ほとんどは不在。
ときどき、出てくれる人もいる。それが本当にうれしい。
JA
共済のCMの有村架純みたいな営業ならいいがそうではない。
でかい。さえない。おもろない。定期の利息は高くない。
汗だくの銀行員を見て、怪訝そうな顔をする人がいる。
かわいそうだなと、話を聞いてくれる人がいる。
玄関の奥には、涼しそうなリビングが見える。
ちらっと見えるテレビは、高校野球を中継している。
「はいはい、ごくろうさん」ですぐに閉まるドアがある。
「今日は無理だけど、また考えます」とゆっくり閉まるドアがある。
「話を聞いてみようか。暑かったでしょ、ほら上がりなさい」と開くドアがある。
夕方、支店に帰る前に、すこし、風のある港へ行く。
ラジオを聴く。音楽を聴く。
はまかぜを浴びながら「今日もつかれたなぁ」と思う。
「こんなんでいいのかな」「もっと、違う、何者かになりたいなぁ」と思う。
支店に帰って、今日の仕事を報告する。
支店の中は、びっくりするほど涼しい。
そこから、今日お客さんと話したことを思い出す。
明日のために電話をかける。
日中、お客さんが来店してくれたことを知って、嬉しい気持ちになる。
早く風呂に入りたいなぁと思いながら、家に帰る。
仕事を忘れて、コピーライター養成講座の宿題に向き合う。
睡魔に負けて、布団に入る。

そして、また朝がやってくる。



そんな夏が3回あった。3年あった。ここ最近、特にこの夏を思い出す。
ジリジリとしていて、ヒリヒリといていたあの夏。
なぜこんなことをダラ〜っと書いたかと言うと、ここ一ヶ月、港のベンチで嘆いていた自分が、想像もしなかったことを体験させてもらったからだ。

どうしようもなく疲れてしまって、サボっている時に聴いていたラジオ。どうしようもなく疲れてしまっても、笑わせてくれていたラジオについて、エッセイを書かせてもらった。


ラジオに投稿をはじめた頃は、もう銀行員ではなかった。いろいろあってハローワークに通っていた。まぁ、ベンチでボーッとしてたのは営業の頃と変わらないのだが。ただ言えることは、独りの時に、耳から支えてくれたのはラジオだ。

そんなラジオについて、3000字近くのエッセイを書けるなんて。こんな幸せな時間はなかった。夜な夜な、どんどん思いが溢れてきた。あの頃、何かを変えようと、夜中にコピーを書いていた時に少し似ていた。

プロフィール欄には、何を書いたらいいのか分からず、適当なことを書いた。自分は有名人でも無ければ一流クリエイターでもないので、書けることがないからだ。


さらに、もうひとつ。

先日、渋谷のコピーライターというラジオ番組に出させてもらった。

この番組は、東京コピーライターズクラブ(TCC)という、自分にとっては憧れでしかない人たちが運営する番組だ。この、TCCには、1年に1度行われる審査で賞を貰わないと所属できない。

もちろん。もちのろん。コピーライターの端くれである自分はその会員ではない。日々、何とか良い広告を作ろうと闘っているものの、なかなか上手くはいかない。

そんな自分が、憧れのコピーライターたちが週替りでパーソナリティを務める番組に、ゲストで呼んでもらった。これは本当に偶然。ラジオ好きなパーソナリティの方が、ぼくがコピーライターをしていることを知っていて呼んでくださった。本来なら、会員じゃないと出られない番組なのにも関わらずだ。

「これは、まずい」と思った。本名で出たくないと思った。コピーライターとしてまだ認めてもらってないのに、名前も職場も出せるような身分じゃないと思ったのだ。だから、名前はラジオネームにした。プロフィール欄には〇〇賞でグランプリとか、〇〇の仕事を手掛ける、みたいなことを書けないので「新卒で、関西の地方銀行に就職。自転車で駆け回る日々を過ごす。」みたいなことを書いた。


あの頃、すごく辛かった銀行員という肩書きを、プロフィール欄に書いた。銀行員という力を借りることにした。番組の中でも、少しだけその話に触れている。自分にとって、やっぱり銀行で過ごした時間は抜きにできない。

1時間近い番組だったけど、ラジオの話、銀行員だった話、コピーライターをめざしていた頃の話。色んな話をさせてもらった。

次は、新人賞を受賞して出たいと思う。もっと色んな話ができるように。そのために、今は踏ん張って仕事をしたい。いいコピーを書いたり、いい企画を成立させたい。


エッセイの時も、ラジオの時も、周りの人はぼくのことを「ハガキ職人」と書いてくれる。「コピーライター」と書いてくれる。ただ、自分でそう言っていいのかすごく悩む。自分では、どちらも中途半端だと思ってしまうからだ。

もっと面白いリスナーがいっぱいいるし、もっと凄いコピーライターがいっぱいいる。そのことをいちばん自分が分かっているから、すごく恥ずかしかったりする。

でも、「じゃあ、自分はいったいどこに向かっているんだ。なんて中途半端な人間なんだ」というこの感情が、あの頃、なりたかった「何者か」に近い気もしてる。たぶん自分は、どうなるか分からない、ヘンテコな方へ走ってみたかったのだと思う。ヘンテコで、楽しそうな方へ。そのひとつがコピーライターだったし、そのひとつがラジオに投稿することだったんだと。


夏が続く。暑さとともに雨も多い。全国的に結構降ってるらしい。

そんな雨の日、営業だったぼくは、よく近所の商業施設に逃げ込んで、どうぶつふれあいパークのウサギやカピバラを眺めていた。夏の日の思い出と同じだけ、雨の日の思い出もある。冬の日の思い出もある。

あの頃の、「どうぶつかわいいなぁ、癒やされるなぁ」という気持ち。「暑いなぁ」「寒いなぁ」「しんどいなぁ」「こんなんでいいのかな、何者かになりたいな」という気持ち。忘れたくなんだなぁ。



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