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和田誠さんに会いに行った。

12月17日の金曜日。東京へ向かう夜行バス。

ぼくは必死に、腹痛と戦っていた。

本当は新幹線なら一瞬なんだけど、あえての夜行バス。前日から旅がはじまる夜行バスが好きで、行きはバス、帰りは新幹線がいつものパターンだ。

なのに、腹痛。大人なのに漏れそう。そんな状態で久しぶりの東京ぶらりは始まった。パーキングエリアについて、トイレに走り込む。最近のパーキングエリアは綺麗だなぁと思いつつ、なんとか滑り込んだ喜びを噛みしめる。

いま思えば、最大の試練はあそこだった


旅の目的はふたつ。ふたりの人と会うこと。
そのふたりとは、イラストレーターの和田誠さんと、コピーライターの岩崎俊一さん。自分の人生に、大きな影響を与えてくれたお二人の展覧会が、この年の瀬に重なった。そんな偶然に、居ても立っても居られず、東京へ向かった。




和田誠さんと初めて出会ったのは、図書室だった。

「星新一って知ってる?めっちゃおもろいで!」。そう言って友達が手渡してくれた本の表紙に、和田さんの絵は載っていた。

星新一の作品の面白さもあったと思うが、なんとも言えない温かみのあるタッチで書かれたその絵に、ぼくの心は一瞬で持っていかれた。



一度、和田さんの存在を知ってからというもの、自分の周りには和田さんがいっぱいいることに気づいた。

例えば、三谷幸喜さんのエッセイも和田さんが絵を書いているし、祖父が吸っていたタバコのパッケージも和田さんだったし、好きな小説やエッセイの袋文字も和田さんだったし、平野レミさんの旦那さんも和田さんだった。

和田さんの展示に行くのは初めてじゃない。

4年前の2017年。

あの時のぼくは、将来にとても焦っていて、仕事を辞めたいけど、辞めるにも転職先がうまく見つからず、やぶれかぶれだった。そんな時に、大好きな和田さんの展示を知って、家を飛び出した。

大好きな絵に囲まれるのはとても嬉しかったのだが、特に忘れられないのは、和田さんが一枚の絵を細かく作り上げる動画だった。

笑いながら、ときに厳しく、筆を走らせる。みるみるうちに、じぶんの大好きな世界が生まれていく。

「あぁ、こうやってひとつのことを突き詰めて、人を幸せにデキる人はステキだなぁ」とつくづく思い、元気をもらったのを覚えている。




今回は、それ以来の和田さんの展示だった。

目の前に広がる、初めて見る絵、見たことのある絵、どこか懐かしい絵、意外なタッチで描かれた絵。どれも温かくて、とても幸せで贅沢な時間だった。カメラOKという案内が嬉しくて、好きな絵をどんどん写真に撮った。おかげで、スマホの充電はあっというまに底尽きた。

ふだん自分から知らない人に話しかけることはあまりしない。でも、チケット販売を並んでる時に、たまたま隣になったおばあさんと談笑した。ここにいるみんなが、和田さんの絵を愛しているんだと思ったら、それがとても嬉しかった。




展示の最後、そこには和田さんの動画が流れていた。それは、4年前、あの時に見た動画だった。

和田さんが一切手を抜くことなく、そして楽しそうに絵を仕上げる動画。

それを見て、思わず涙ぐんだ。色んな思いが駆け巡った。
当時の自分の中のもやもや、苦しんでた毎日。そして、和田さんの優しいまなざし、仕事に対する取り組み方。みんなが眺めている空間。そのすべてが自分を包んでいて、どうしても涙が止まらず、いちばん後ろで鼻をすすった。


和田さんは、2019年に亡くなった。その日も、会社のオフィスで鼻をすすったのを覚えている。あの日と、おなじようにまた泣いた。それもたくさんの人がいる展示会場で泣いた。入り口を見ると、入場制限を受けた人たちがズラリと並んでいた。


和田さんの絵は魔法だ。和田さんの文字も魔法だ。

「読んでごらんよ。悪くないよ。きっと楽しいよ。」そう語りかけてくる。

やさしい魔法にかけられて、ぼくらは小説のページをめくる。映画の世界に入っていく。広告に耳を傾ける。子どもの自分に戻る。

これからも、いつまでも、和田さんがこの世にいなくなったとしても。何度も魔法にかけられてしまうと思う。



和田誠さん、ありがとう。


そう心で言って、もうひとりの自分にとって大切な人、岩崎俊一さんに会いに出た。


…また書きます。



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