科学館の裏

ランチタイムに食い込んだ打ち合わせを終えて、一息ついた。
昨日、大量の桜を散らせた豪雨とは打って変わって、気持ちのいい晴れの日。

「そうだ、外で読書でもしよう」と少しずつ読み進めている詩集のようなエッセイのような本を手にとり会社を出た。
そこは、市がやっている科学館の裏。駐車場のとなりにあるよくわからない広場。

ぼくはここでよく昼食をとる。とはいっても、蚊にさされまくる問題と、あまりに寒いという問題で、季節は春と秋に限られるのだが。

その広場には8つほどの机とベンチが置かれていて、おなじようにコンビニ弁当を食べている人や、この世の終わりのような顔をしながら休憩をとるスーツ姿の人がいる。
科学館に遠足でやってきた小学生たちは、そんな大人たちを横目に、ビニールシートを敷いて、家族に持たせてもらった弁当でおかずのトレードなんかをしちゃったりしている。
4月のいまなんかは、上を見上げると桜が綺麗に咲いている。

そんな場所だ。いいでしょう。

これは誰にも教えられないなと思ったら、会社の後輩がよく使ってるということを小耳にはさんだ。どうやら、この世の終わりみたいな顔しながら休憩はとれなさそうだ。


食べそこねたスーパーの菓子パンを食べ終えて、夕方の気持ちいい風を受けながら本を読んでいると、足元に気配を感じた。
スズメだ。そしてハトだ。たくさんの鳥たちが自分の足元を行ったり来たりしている。
理由はわかる。食べものがほしいんだ。弁当を食べながら、手についた米粒を、袋にのこったクロワッサンの薄皮を、みんな彼らにあげているのだ。

数匹のスズメが机にまで乗ってきてぴょんぴょんと飛び跳ねる。しばらくして、彼らは別のテーブルへ飛んでいった。

「こいつダメだわ、あっち行こうぜ!」
そんな声が聞こえたような、聞こえないような気がしたが、彼らの向かう先では、おじいさんがパンの切れ端を配っていた。それはなんか、名古屋かどこかの結婚式のあと来てくれた人にお菓子とか餅とかを撒くあの儀式みたいに見えた。

群れのなかで、エサをもらうのを諦めたのか一羽のスズメが帰ってくる。

きみが頼りにしている男が、
「そういえば、ホームアローン2はハトのおばさんに助けてもらうよな。あの作品とコラボしたスニーカー、鳩の柄でかっこいいんだよな。いつか買わないとな。」
なんてことを考えているとはつゆ知らずに。

スズメに「申し訳ない!」と念を送ったあと、ようやく持ってきた本に意識を戻す。自分を鼓舞するような、そんな詩に出会って、なんかジーンとくる。次のページをめくる。やっぱり刺さる。今の不安定なメンタルは、さながら黒ひげ危機一発の樽。つまり、刺し放題なのだ。わかりづらくても書きたかったので仕方ない。

すると今度は、突然、自分の前に大柄な外国人の男性が座ってきた。

イヤホンをつけていたので何を言ってるのか分からなかったが、
「すいません、ここ座ってええすか?」と言ってることだけは表情でわかり、
「ええで、ええんやで」と言ってることだけはわかる表情で返す。

彼はそこでお弁当を広げてご機嫌に遅めの昼食をとりはじめた。
弁当の中には、生のピーマンやパプリカが大量に入っており、おにぎりをひとつかじってはピーマンをボリボリ。かじってはボリボリと進めていく。

なぜ咀嚼音が聞こえるのか。と思った人は鋭い。ぼくは彼をみた瞬間に、何かが起こるかもしれないと期待を込めて、イヤホンを外して本を読むふりをはじめたのだ。

がしかし、なにも起きない。向こうではハトとスズメがパンをほおばり、目の前の男性はピーマンとパプリカとおにぎりをほおばる。それだけの時間だ。ただ、風が気持ちいい。

目的を変えようと決めた。彼がどこの国の人かを予想しようと思った。
最初の言葉さえ聞き取れていたら、もしそれが英語だったら、それがフランス語っぽかったら、どこの国かある程度予測はつく。
しかし、聞き逃している。話しかける勇気もない。

となるともう、目に映るすべてのことはメッセージ。私魔女のキキであり、黒猫のジジだ。

その人の顔は、どことなくヒュー・ジャックマンに似ていた。「ヒュー・ジャックマン 出身地」で検索をかけたところ、オーストラリアと出る。
あと、ケネス・ブラナーにも似ていた。似ていると思ってしまった。イギリス出身の俳優に。

自分で2択にしてしまった。

念の為、「パプリカ 名産地」でも検索をしてみた。ハンガリーだった。3択。
ピーマンはもういいやと思って調べるのをやめる。

着ている服や、かぶっているハンチング。触っているスマホなどを桜を眺めるふりをして観察するもヒントはない。なにもない。もはや本は閉じっぱなし。

似ている俳優とかじってるパプリカから3択で決めつけるとは、かの名探偵ポワロも呆れ返るだろう。ちなみに、最新版の名探偵ポワロを演じるのはケネス・ブラナーなのですが。

よし。覚悟を決めるか。こうなりゃとことんだ。
そう決めて、そろそろ帰る時間だが居座る。
きっと彼が最後に「席ありがとうな〜」みたいなことを、その国の言葉で言ってくれるはずだから。

それだけを聞いて、オーストラリア・イギリス・ハンガリー論争に決着をつけようじゃないか。自分の中で答えを出そうじゃないか。そう決心した。

もうヒントは見つからないので、仕方なく持ってきた本を開く。仕方なく開いても刺さるものは刺さる。最後に読んだ詩なんか、涙が出そうになってしまったぐらい。

ようやく男が立ち上がった。
そしてぼくのほうを向いてこう言った。

「アリガトウゴザイマシタ〜!」


オーストラリアかイギリスかハンガリー出身であろう男が歩いていく先には、たくさんのハトがエサを求めてうろちょろしていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?