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劇映画とデジタルビデオ革命

 この記事のタイトルを見て読んでみようと思った方の多くは、映画ファンを自認する人か、専門的に映画に携わった経験のある人、または今後映画の世界で仕事をしたい人だと推察します。そのような方には、映画の発明から100年以上のあいだ、ほとんどすべての劇映画(fiction film)がフィルムで撮影されていたことは改めて説明するまでもないでしょう。
 さて、映画史に関してある程度以上の知識を持っている皆さんに、一つクイズを出します。

 映画史上初めて、一つの連続的に撮影された映像(全編1テイクの長回し撮影)だけで本編(クレジット部分は除く)を成立させた長編劇映画を2本、挙げて下さい。

 ヒッチコックの『ロープ』(48)が絶対にそうではないことはお分かりですね。あの映画が製作された40年代には、全編1テイクの長回し撮影だけで長編劇映画の本編を成立させる技術がありませんでしたから。1本目の題名は、“長回し”をネットで検索すれば、たぶん答えられます。
 そう、アレクサンドル・ソクーロフ監督の『エルミタージュ幻想』(2002)です(ちなみに、私が字幕翻訳を担当しました)。
 もう1本の作品は、日本未公開でソフト化もされておらず、ネット配信もされたことはないと思います。なので、映画研究者の多くも即答はできないでしょう。「一つの連続的に撮影された映像」の捉え方によっては、「あの映画は違う」と言われるかもしれません。それを「長回し撮影による単一のショット」と解釈するなら、ソクーロフの前記作品だけが該当することになります。しかし、私の考えでは、もう一つの作品も「一つの連続的に撮影された映像」(全編1テイクの長回し撮影)だけで成立しています。しかもソクーロフの映画より約2年前の1999年晩秋に撮影が行われ、翌年に製作国で公開されています。私はDVDで初めてそれを観た際、今時ずいぶん大胆なことをする映画作家がいるものだと思いました。

 解答をお教えする前に、デジタルビデオが映画に与えた影響をざっと復習しておきましょう。

デジタルビデオは劇映画の何を変えたか

 現在、ビデオカメラといえばプロ用とアマチュア用とを問わず、デジタルが当たり前になっています。まだ20代の人々の多くはおそらく、アナログビデオが存在したことは知っていても、その映像を見たことがないと思います。
 1990年代前半まで、ビデオの映像はテレビ放送のそれと同様アナログでした。1980年代以降のアナログビデオは、民生用であればVHS、S-VHS、業務用であればベータカムSPが代表的な規格でした。1994年にデジタルビデオ規格であるDVが採用され、翌年からソニーやパナソニック、キャノンなどがDVおよびminiDVで業務用と民生用のビデオカメラを発売しはじめました。このことによって映画史上初めて、“プロ用”ビデオカメラと“アマチュア用”ビデオカメラとの厳密な境界線が消えました。
 1995年に発売されたソニーのDCR-VX1000や、97年に発売されたキャノンのXL-1といったセミプロ用カメラは、90年代末までに、私が当時留学中だった全ロシア国立映画大学の課題制作用備品や撮影科学生の私有物として使用されるようになっていました(同大学の学生たちは卒業制作を35mmフィルムで撮っていたにもかかわらず、です)。当時のデジタルビデオはHD画質ではありませんでした。しかしテレビ放送水準の画質とPCによる編集の容易さが、最新の映像技術を新しい表現に結び付けようとする映画人たちの注目を浴びることになったのです。

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