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伊坂幸太郎という作家。

本屋に行くのが好きだ。
週末には必ずと言っていいほど、フラフラと本屋に寄っている。
30分以上も物色して結局何も買わずに店をあとにすることもあれば、買う気がなかったのに気づくと5冊以上の本を抱えてレジに並んでいることもある。

大型書店の店頭には話題の本たちがずらりと並んでいる。
ビジネス書を前面に出している書店もあるにはあるが、店頭に並ぶ本の多くは決まって小説だ。「ポップとか推薦文って本当に読みたい気分にさせてくるよなぁ」なんて思いながらいつもそのラインナップを眺めるが、この2年ほど、その棚に並ぶ本を一度も手にとったことがない。

私は結局吸い寄せられるように「文庫」のコーナーに向かい、「い」から始まる棚を探している。
伊坂幸太郎さんの文庫を探すためである。


伊坂幸太郎という作家を初めて知ったのは、恥ずかしながら社会人になってからだ。もともとは妻が何冊か持っていて、なんとなしに手に取ってみたのが始まりだ。

一発でその面白さに魅了された。
そして何冊か読んでいくと、伊坂さんの作品群には全体を通して緩い繋がりがあることを知った。舞台の多くが仙台だったり、同じ登場人物がチラッと出てきたり、別の作品の主人公が同じミュージシャンを好きだったり。
その繋がりが伊坂さんの作品群に立体感や奥深さを感じさせるポイントだったりするのだが、それは裏を返してみると、順番に読んでいかないとその良さを100%は感じられないということでもある。
(実際には、伊坂さんの作品は単体で切り出してもどれも見事で、順番が違うからと言ってその価値が損なわれることは全くないです。誤解なきよう)

そんなことを知ってしまうと「これは頭から順番に読まないわけにはいかないなぁ」となり、かくして私の「伊坂さん縛り」が始まったのである。

「伊坂さん縛り」のゴールは「伊坂さんが現時点までで出している文庫本を全て順番に読み切ること」
単行本としては世に出ているもののまだ文庫本化していない作品は除く(文庫本になったタイミングで改めて読む)ことにした。

伊坂さんのデビュー作「オーデュボンの祈り」に手をつけたのは確か2021年の1月ごろ。それから約2年半の格闘(?)の末、先日、文庫本化している最新作「逆ソクラテス」を読み切った。

改めて数えてみると合計41作品。
ついに読み切った達成感とこれからは最新作を待たなくてはいけない寂しさが同時にやってきて、ちょっとした放心状態になった。俗に言う「伊坂ロス」である。


さて、読み終えてみて改めて考えてみた。
「伊坂さんの作品の何が一体ここまで自分を魅了しているんだろう」

「物語の構成の巧妙さ」や「不思議な世界観を現実とスッと繋げてしまう文章の巧さ」など、一般的に言われていることは、もう首肯しすぎて首がもげるくらいその通りなんだけど、なんだかそれだけではない気がした。

私が好きなのは「伊坂作品はきれいごとばかりではない世界観だけど、その中にちゃんと救いや希望があること」だ。
悪を善が最終的にボコボコに倒すような物語はすっきりするし嫌いではないけど、世の中そんなに上手くいくことばっかりじゃないないよなぁと思ってしまう。きれいごとだけでは渡っていけない世の中だ。
でも反対に、悪が強大な権力や巧妙な手を使って世の中を支配するだけのディストピア小説は、救いがなさすぎて苦しくなってしまう。

伊坂さんは、その作品の多くを通じて「このきれいごとばかりでない世界だけど小さ救いや希望があってもいい」という伊坂さん自身の価値観を読者に投げかけているように思う。
伊坂作品の主人公は、実際結構ハードモードな人生なのだ。
「母には捨てられ父には日常的にDVを受けている兄弟」とか「娘を殺した知能犯が無罪判決となってしまったことに絶望している夫婦」とか「首相暗殺の罪をなすり付けられて全国から追われることになったただの宅配ドライバー」とか。
一発形勢逆転が出来ないような、絵にかいたようなハードモードだ。そんな主人公がもがきながら一矢報いようとする。結局は半矢くらいしか報いれないことも多いのだが、その「半矢は報いることができる」ということに伊坂さんのが信じている、または信じたいと思っている希望がある。
(確か伊坂さんもなんかのインタビューでこんなところを大事にしているって言ってた気が…。いや、どれかのあとがきで別の作家が言っていたのかな…。思い出せない。)

そんな伊坂さんの現実主義的でも小さな希望は失っていないところがきっと好きなんだと思う。


なんか間延びしてきている気がするけど、もう一つだけ。
自分が伊坂作品の主人公に感情移入してしまうスーパー個人的な理由を挙げるとすると、それは「主人公とパートナーの関係がうちの関係に結構似ているから」だ。

主人公は男性であることが多い。割といつもくよくよ悩み、何をするにもちょっと尻込みをしてしまうような情けない感じなのだ。
それに対してパートナーの女性は、あっけらかんとしていて即断即決タイプ。主人公の前に立って引っ張ってくれるような感じ。

まさにうちと同じだ。感情移入するなという方が無理な話だ。

それにしても、なんでこんな関係の話が多いんだろう、と思っていたら「伊坂縛り」の半ばで謎が解けた。エッセイ集「仙台ぐらし」の中で書かれている伊坂さんと奥さんの関係そのものだった。

そういうことか!と謎が解けてすっきりすると同時に、今までにも増して伊坂作品への愛着が湧いてきた。これは沼だ。

伊坂幸太郎という作家は、こんな感じ。気になる人はぜひ読んでみてほしい。


(蛇足ではあるが、最後に。次は「村上春樹縛り」に決定してしまった。私はこういうところ、なかなかMっ気があるのかもしれない。村上春樹の作品が合計何冊あるのか、怖くてまだ見れない)


おわり。

2023.08.26 19:17
池尻大橋 CAFFE VELOCE にて。

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