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ロマンポルノ無能助監督日記・第30回 [森田芳光監督『ピンクカット太く愛して深く愛して』→『家族ゲーム』の伏線カットあり]

確か、小原宏裕組『Oh!タカラヅカ』の撮影の最中に、山田耕大から電話があって「次の森田(芳光)組やって欲しいんだわ、森田さんから金子の御指名あって」と言われたのじゃなかったっけな、ちょっとハッキリしないが、
「え〜、またモリタ入るの?」
と先ずは言ったであろう。
寺島まゆみ主演で『ピンクカット太く愛して深く愛して』である。
「なんで俺?」

セカンドは空いてれば即、目の前に入る組に就かせられるが、チーフとなると監督との“相性”が結構重要なので、機械的に割り振りされないよう制作調整部が采配するが、山田の電話は、それ以前の根回しみたいなものだ。

小原組が11/30にアフレコを終え、12/1に第一回編集ラッシュで、12/2に森田組ロケハンとは、ちょっと異例に忙しい。
チーフだったら、普通はダビングにも参加して、完成まで就く。
だから、このケースは、調整部が小原監督に、一言挨拶しなければならないし、僕も何か言わないとおかしい。
「ちょっと、森田組に就くことになりまして・・・」
すまなそうに言う。
「おお、いいじゃん、アイツ面白いよ」
とファンキーさんは気軽に送り出してくれた。チーフが仕上げに就こうが就くまいが気にしない人。

しかし、森田がまた入る、って、那須さん知ってるんだろうか。
那須さんのデビューに就かないで、森田の2本目に就くって、いいのか俺?ちょっと裏切りっぽくないか?
でも、なんか、指名だって言われてこそばゆいじゃん。チーフになったばかりで。まだ、4本ですよ。断る理由もない。
それにしても、『(本)噂のストリッパー』に続いて、もうまた入るのかよ、モリタが、いいのか、そんなことで。
というところが、正直な反応だった。

たまたま、三鷹文化にロマンポルノ3本立てが来ているので、『(本)噂のストリッパー』だけ見たのは11/19 。
まあまあ、普通に撮ってんじゃん、水野尾さん(信正、カメラ)の力も大きいと思うけど、ちゃんと映画になってる。
『の・ようなもの』のような撮り方(あれはあれで新鮮だが)でロマンポルノ撮ったらどんなになっちゃうかとヤジ馬根性で見たら(別にロマンポルノ愛してないんで)、結構、リスペクト感じる撮り方で案外ジメっとしているのが、逆になぁんだ大したことないね、と安心したものだ。
脚本も本人が書いている。『ピンクカット〜』も。
同じ8ミリ映画出身というシンパシーも若干あった。
「俺は日活に映画を教わってるワケじゃない。8ミリ撮ってたから、俺はここに来る前から映画を分かってたんだ」ちゅう思い上がりがありまして_| ̄|○・・

那須博之さんが『(本)噂のストリッパー』にチーフで就かせられた理由は、前述したが、監督デビュー作の『ワイセツ家族』が合評会で騒然となり、上映時間を短くさせられ、その後報告しないで韓国にバイクで行ったら、行方不明と思われ会社も騒然となり、映画が不評だからふてくされて外国に逃げた、とみなされ懲罰委員会にかけられて、
自衛隊なら反逆罪に相当する
と武田専務に宣告されて辞表を書いたが、根本社長が映画見て、
「面白いじゃないか」
と言ったということで退社回避。
復帰の仕事として、外から来た森田組のチーフに降格。
那須さんにとっては、言わば懲罰人事だった。

『(本)噂のストリッパー』のプロデューサーの八巻晶彦さんは、那須さんはじめ、スタッフに森田さんを紹介する時に、
「学生あがりの監督だから、お手柔らかに」
と言ったと聞いた。
学生あがりって(笑)他に言い方ないのか、助監督経験が無い、という意味であろうが。

八巻さんという人も監督を何本かやってるが(『盛場流れ花』72)、その時にチーフが長谷川和彦で、5時過ぎまで撮っていたら、ゴジさんセットに現れ、
いつまでもやってんじゃねえよ
と凄まれて、びびって終わらせた、という話を聞いたことがある。

那須さんも、人間的迫力を以って森田さんに対応、
「遅くなったんで“送り”にならないように『こことここ切れ』と言ったら、素直に『はい』って、言って、切った台本見せて『これでよろしいでしょうか』だってよ(笑)」(“送り”とは“自宅送り”の略。23時以降になるとタクシー発注して宅送しなければいけないという労働規定があった)
「結構素直だよ」
と言っていた。
それで、森田さんは、次に入ることが決まった時に、
「那須君はやめてくれ」
と第一声で言って、なんか調べて
「金子修介というのがいるでしょう。金子君にして欲しい」
と言った、ということである。

山田耕大著「昼下がりの青春」によると、『遠雷』で成功した日活+ATGの企画の第二弾として、山田が「家族ゲーム」の原作をゲット(TVにも取られていたが、映画は競合無し)、監督は『の・ようなもの』の森田芳光にオファーしたのが昨年のことで、書いた脚本は良いがキャスティングが進まず、準備期間が長くなり、その間にロマンポルノを二本撮ることになったという経緯で、この頃は年明けに『家族ゲーム』が入る直前だったが、企画部以外そのことは知らないし、撮影所の特に新人監督や助監督たちには漏れないようにしていた。

漏れたら、「なんで日活から出さないんだ、第一弾は根岸さんだったろ」の声が上がるのが当然だから。
まあ、でも、「家族ゲーム」の企画に、日活には適任者がいないことも確かだった。池田さんの柄じゃないし、中原さんじゃ意外性無いし・・・

僕も、『ピンクカット〜』の撮影の途中まで『家族ゲーム』のことは、森田さん本人から聞くまで知らなかった。

例によって、食堂でお茶飲んで(不味いコーヒーだが)挨拶。

笑ったり興奮気味に喋ると口がひん曲がってしまうので、「二枚目」とは言い難いが、なんか妙にカッコつけてる感じで、それがカッコいいわけじゃなくても愛嬌を感じさせる。一所懸命に面白がって喋っているので、そこにひき込まれるが、こちらは、そんなことでひき込まれないようにしようと、斜に構えた。
ディスクジョッキーに憧れて、訓練もしていたと知って、なるほどと思った。
発声や滑舌は良いし、こちらをノセる感じはある。
根岸さんより1学年上、5歳年上だ。
更に、「俺は子役だったんだよ」と聞いて、しかも僕も子供の頃見ていた「お笑い三人組」のレギュラーで出ていたと言うので驚く。
「金子は『聖子の太股』の脚本書いてんだろ、アニメとかも」
ということを知ってるので、自尊心がくすぐられる。「俺は調べたんだよ。気が合う気がしたんだよ」と言われると、那須さんの舎弟だとは言いづらい。
「寺島まゆみ、いい子で、やりやすいですよ」
他にも渡辺良子、山口千枝、山地美貴ら、カワイどころが大挙出演だ。
みんな気を使わなくても良い若手女優たち。
楽しくてラクな現場のロマンポルノにはなりそうだ。
あと、同じ渋谷区出身だというのも近しい気がしたが、同じ8ミリ出身となると、先に森田の名前が世に出てるので嫉妬心が湧いてくるのを抑えようとする、というフクザツな想いで・・・

しかし何よりも、この人は助監督経験が無いのだ、という「目」で見ないわけにはいかない。助監督経験の無い監督に就くのは初めてであるから、こちらも「助監督とは何か」を教えないといけないはずだが、「何か」の殆どは「嫌いなこと」なんで、「何か」を忠実にやらなくても、この人は分からないだろうし、怒らないだろう、という安心感、というより「たかをくくった」感があったかな・・・いろいろスイマセン・・て、謝ってばかりいるな、カタチだけ〜_| ̄|○

プロデューサーは、この後『メインテーマ』もやることになる中川好久さんで、森田さんとは、同じ日大芸術部出身同士ということで、気が合っているようだ。

ストーリーは、”女子大生のまみ(寺島まゆみ)が、大学へ通いながら亡くなった両親の家業の床屋を切り盛りしている”という設定で、12/2からのロケハンは、大学候補地の東京農工大からスタートしたが、森田監督は、制作担当の三浦増博が見つけて来た場所に立つなり、「面白いよー」と言い、その場で決定した。
え?、ここがそんなに面白い?べつに普通じゃないすか?

監督が、ロケハンの時に、ロケ場所に立って「面白い」と言うのを初めて聞いた。
その後も聞いた覚えないな・・・
だいたい、監督というものは、スタッフには簡単に心のうちを見せないようにしているもの、喜びを見せないもの、という固定観念があった。
でも、森田さんは、どこへ連れて行っても、先ず「いいじゃないか、ここ」「うん、面白い」と言って決まるので、安心というより、ちょっと拍子抜けな感じでもあった。

『女教師狩り』の時の鈴木潤一さんなんかは、どこへ連れて行っても、まず、
「ここはちょっとな・・・」
と難色を示した。そして、その場所の帰り際に殆ど、
「じゃあ、最悪、ここで」
と言って現場を移動しても、結局、そこで決まらざるを得なくなってゆくから、カメラの前田米造さんは、
俺たちゃ、どこへ行っても最悪の場所でやってるってわけだ
と笑っていた。
そういう意味では、森田さんの「ここ面白いよ」の連発は、拍子抜けもあるが、スタッフにやる気を出させる言葉でもあった。

下北沢に移動して、代沢小学校の交差点に立つと、「面白いよ」と言って、そばに理容店(現存の「銀巴里」)を見つけ、タバコ屋の赤電話で電話した主人公・明が、交差点を渡って理容店に行く、というファーストシーンを、自分でやりながら歩きながら説明して、我々は、少し失笑しながら、それに着いてゆく。森田さんの動きは、常に何か、動かしにくい所でもあるのか落ち着かず、焦って見え、ちょっと滑稽でもあるから。

理容店は入り口だけで、あとはセットに繋げれば良いから、三浦はその場で、理容店に交渉して、決定した。
他にも、下北沢の町を歩きながら、「ここで、このシーンやりたい」と言って、決めてゆく。

明のアパートも、下北沢で見つけよう、ということになって、小田急線の下りの踏切の間近にある古い木造モルタルアパートまで歩いて来た時は、僕も、「あ、これだな!」と思ったと同時に、森田さんも「おっ、あのアパート面白いじゃないか」と言った。
アパート内はセットになるが、セックスシーンで、電車の通過音を入れたりするのは、日活ロマンポルノの伝統芸だ。それが出来るし、やはり、何より確かに風景的に、古すぎて「面白い」画になっている。
その後、何年かして火事になり焼失した。

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上りの踏切近くには、洋ピン(洋画ポルノ)3本立てをやっている下北沢オデヲン座があり、この前でもワンシーン撮ることになった。

ロケハン初日で、半数近くのロケ場所が決まって、三浦と肘をつつき合って笑い、
「こりゃラクな監督だ」と喜んだものである。
下調べで三浦が先に回って来たところを見せて、それが全て「面白い」と言われたわけだから、三浦としても嬉しい。

主人公の明役は、『の・ようなもの』の主演、落語家修行中の志ん魚(しんとと)を演じた伊藤克信で、根岸さんの『キャバレー日記』にも出演して、激しい栃木なまりでキャバレー客の呼びこみをしていた、オカシげで賑やかなキャラクターだ。

日光の旅館の跡取り息子で、一流企業に就職も決まっていたが、日本テレビで全国大学落語王座決定戦で敢闘賞を取ったのを森田さんが見ていて、『の・ようなもの』の主役を依頼し、「栃木なまり丸出しの素人の俺を映画の主役になんておかしいぞ」と思いながらも、「君を不幸にはしない」という殺し文句を森田さんから言われ、就職を蹴って、出演を決意したということだ。

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衣装合わせで来た伊藤克信は、「〇〇に就職決まってたんですから〜」と、何度も言っていた。この頃は、まだ未練がありそうに見えた。
彼の家である日光の旅館は、渋谷区の小学校が修学旅行で使うところで、僕も森田さんも、小学校の修学旅行でそこに泊まっている、という奇遇が発覚。

森田さんは、映画の登場人物たちの喋り方を「翻訳ドラマの吹き替え口調」でやりたい、と言って、いろいろとタイトルを言っていたが、『グリース』のテレビ放送版が参考になるのではないか、となり、それは僕は録画していたのでビデオテープを持って来ようとすると、ウチはベータで、撮影所にはVHSのデッキしか無いので、バイクで荷台にベータをくくりつけて持って来る羽目になった。

それで、寺島まゆみや渡辺良子に、吹き替え版『グリース』の一部を見てもらい、その口調をマネしながらセリフを言ってもらったが、なんか、大して変りばえしないな、と思った覚えがある。

この床屋は、キャバレーでは無いけれど、可愛い女子店員ばかり集め、サービスたっぷりに応じるという・・・森田さん自身が床屋に行って「こういう床屋があったらいいな」と思って作った話だと言っていた。
名前は「おしゃれサロン・アズサ」と名付けられた。

「サロンは制服が大事だ」ということで、ロケハンの途中、評判になっていたアンナミラーズ赤坂山王下店へパイを食べに寄って、そこのウエイトレスの制服を見て、「いいな、いいな」とみんなでニヤニヤ鼻の下を延ばし、「これを参考に作ってもらおう」と言っていたが、結局、そんな予算も時間も無く、白のテニスウエアでやることになった。

現場には、何やら、大学映研でやっているサークル活動的な雰囲気が出て来た。

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撮影は、12/10〜12/20までの8日間だが、19日にアフレコして20日にアップという変則的な事態になったのは、ライブ活動をやっていた寺島まゆみのスケジュールによるものであろう。

寺島まゆみは、高校生時代に「スター誕生」に出るなど、アイドル歌手に憧れていたが、その時の審査員・阿久悠に「君は、学校じゃ人気者だろうが、芸能界はそんな甘いもんじゃない」と言われ傷ついた、と・・・これは、つい最近、本人から聞いたのだが、そう言われた子がいたっけなぁ、と薄ら思い出した。

彼女は小平の焼き鳥屋の娘で、その焼き鳥屋に、白鳥信一監督らが、ロマンポルノ出演を口説きに来たのだ、と言う。それで出演したのが、この二年前に僕も就いた『犯される花嫁』で、原悦子の日活卒業と入れ替わりに入って来て、『聖子の太股』などで日活の看板となっていたが、歌手の夢も追いかけて、レコード出したり、ライブ活動でファンを獲得していたのだった。
この映画にも、彼女の歌が数多く使われている。

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カメラは、日活の社員では無いが、根岸さんの『朝はダメよ!』も担当して、人当たりの良いソフトな鈴木耕一さん。森田さんは、これ以前に、鈴木さんとはシブがき隊の『ボーイズ&ガールズ』をやっている。

美術は、新進気鋭の社員デザイナー中澤克己で、『家族ゲーム』にも続いて就くが、下北沢の理容店の表を同じドアで繋げ、実際の店よりも大きめのセットを作っていた。

明が、下北沢ロケでドアを開けると、このセットになって、テニスウエアの女子店員たちが笑顔で振り返り「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」と言って、彼を案内して、着席させる。ニヤニヤしてしまう明。
明るいライティングで、ちょっとファンタジックな画となっている。
照明は、矢部一男さんで、この後『家族ゲーム』も含めて前田米造さんと組んで、多くの撮影賞を獲る。

実際の撮影は、明のアパート部屋のセットから入って、農工大のロケやらで、このサロンのセットは撮影4日目だった。ここで、今から考えると映画史的事件が起きる。

伊藤克信はこの日、遅れて入って来るので、彼のいないサロン客の点描のシーンから撮るが、渡辺良子が客をカットしながらお腹をこわしてトイレに行って帰って来て客から口説かれる、という面倒な動きが、台本に書かれてある。
「キミ、いいカラダしてるよ」「お客さん、いいオトコね・・・あ、ごめんなさい」という。

この時、森田さんは、鏡の中に映る渡辺良子と客=佐藤恒二の姿を二人とも入れて撮ろうとして、しきりにアングルファインダーでカメラ位置を探っていた。

アングルファインダーを使う監督も初めてである。
カメラマンだって、日活には大御所格の山崎善弘さんしか使う人はいない。
(『高校大パニック』のカメラマン)
山崎さんのことをスタッフ同士で話す時、「これがさぁ」と言って、アングルファインダーを覗く動作を真似するくらいだ。
セカンドは一期下のひょうきんな池田賢一が就いたが、池田もすぐさま、アングルファインダーを覗く森田さんの真似をして、
「こ、ここいいですよ!、鈴木さん、ここ!」
と言って、僕を笑わせてくれた。

だが、鈴木さんがカメラをそこに構えると、鏡の中にカメラが写ってしまう。
「じゃあ、鏡の側からはどうだろうか、鏡の“見た目”みたいな」
と、森田さんは、鏡の前に行って、そこからアングルファインダーを構えて見る。
「これ、これ、いいですよ、鈴木さん」
と、言ったって、森田さん、そこにカメラ置けませんよ、と言いたくなってしまう。
そこにカメラ自体置けても、レンズはもっと前になって、人物は大きくなり過ぎて、画にならないでしょう・・・って、そんなことも分からないの?と、思ったが、初めての大きなセット撮影というものに、アガッていたらしい。

僕は僕で、こんな調子でやっていたら、今日のページ数終わらないよ、と焦りを感じて、これ、いっそ、壁バラしてその後もワンカットで移動撮影でやったらどうだ、その方が早いだろ、と思っていたら、鈴木さんが、鏡を外して、壁に穴を開けてそこから撮ろうか、と言い出して、中澤に相談していた。フンフンと頷いている中澤。
ちょ、ちょっと待て、鏡外すのに時間かかるよ〜 また、すぐに付けないとなんないじゃん。頑丈に取り付けてあるぞ、その大きな鏡。
それで、チーフ権限として、
「それだったら、壁バラして、あと全部ワンカットでやったらどうですか」
と監督に進言。その方が早い。
カット数を減らされる、というのは、監督からするとプライドに関わる問題なので、そんなことは滅多に言えないが、この経験不足と思われる監督になら、チーフが言っても、他のスタッフはこっちに味方してくれるだろう、という計算が働いた。
撮影の効率は、スタッフが納得しないと上がらない。「こうした方が早い」と納得したら、みんな一致協力する。
しかし、この時、森田さんには「壁をバラす」という意味が分かっていなかった、という事が、後から分かる。
サロンのセットには、三台の理容台が設置され、その正面には鏡があるから、壁に3枚の大きな鏡が埋め込まれている。結構、重い壁だ。
だが、この壁を外せば、鏡側から見たサロン全体が捉えられる。
それをレールで移動しながら撮影すれば、3人の客の点描が、ワンカットで撮れる。
約2ページぶん、ワンカットだ。ヤッタ!
壁が、美術スタッフによって取り外された時、森田さんは声を上げた。
「す、すごい。こんなことが出来るんですか。すごいな!」
と、興奮している。セットの壁が取り外されるところを、人生初目撃した監督。
監督になって、それを初めて見る、というのも珍しい・・・というか、この人だけでしょ。
僕は、鈴木さんと相談して、レールの位置を「このくらいですか」と決め・・・決める権限は無いから、一応森田さんに「どうですか」と聞くと、「おおお」と小刻みに頷いている。
移動車を置いて、カメラを構えてから、森田さんにカメラを覗いてもらう。
興奮してOKOKと言っている。
この後、渡辺良子に動きをつけて、それと連動してカメラの動くタイミングを鈴木さんに伝えたのが、すごく大変で疲れた、という記憶がある。撮影まで1時間以上かかったと思う。
それでも、渡辺良子がトイレに向かう動きにつけたカメラが、寺島まゆみのところで止まって、そこの芝居を撮り、戻って来た良子にまたつける、という面白い動きが作れたので、助監督として「働いた」感が大きかった。森田さんは腕を組んで見ている。
こういう動きでどうですか、監督、というふうに促すと、おもむろに来て、細かい修正を渡辺良子に伝えて、本番へ・・・
もしかしたら、助監督人生で最大の「働き」が、このカットであったかも知れない。
渡辺良子への指示も、ビデオカラオケの仕事をしたことで、こちらの指示がすんなり良子に伝わったのだと思う。他の女優だったら、あそこまで上手く出来なかったろう。
だから、このカットは自分のカットだという気分もあって、それが他の監督のものになってしまったという複雑な心境がモヤモヤしていた記憶も、封印していたのが書いていると出て来てしまう・・・

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『家族ゲーム』の撮影前に、やはり中澤が作った都営住宅のリアルなセットに立った森田さんが、「こっちのキッチンの壁をバラして、背中向きの母親を向こう側に行かせて、家族四人、こっち向きに横一列に並んで食事をするのをワンカットで撮れば面白い」「食卓も半分に切って横長にしよう」と言った時って、この時のことがアタマに飛来したに違いない。僕も、その時、ピンクカットのこれを思い出していた。

当初、2台のカメラで激しいカットバックで食事のシーンを撮りたいと言っていた森田さんだったが、予算的に1台しかカメラが用意出来ないとなり、ワンカメラでの横一列の家族の食事シーンが生まれたのだった。
それは、この1ヶ月先の話だが・・・

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森田さん自身も、「ピンクカットの経験が無ければ、家族ゲームはあのように撮れなかった」と言っている。
この時は、さすがに僕は「無能助監督」では無かったのだな金子は・・・

撮影の終盤に、森田さんから、
「このあとすぐATGやるんだけど、そっちも助監督やってくれないか」
と言われ、
「日活がOKならいいですよ」
と答えた。冷めてるね・・・
その時は、「現場で助監督を殴る」と噂される松田優作が出るとは思っていなかった。

山田の「昼下がりの青春」によると、『家族ゲーム』の助監督を頼まれた僕は「松田優作は人を殴るからイヤなんだ」としぶっていたが、山田がやって欲しいと食い下がると「じゃ、僕が殴られたら、訴えてもいい?」と言うから山田は「いいよ」と答えた、と書かれているが・・・そうだったかな、という気もするが、優作さんは・・・て、その辺りは次にしておこう・・・

とにかく森田芳光は、他の監督とは違うので、それは面白く、刺激になった。

お腹をこわした渡辺良子に寄って来た寺島まゆみが「ヤクルトミルミルのむと治るわよ」と商品を持って言うCMみたいなカットを撮ったが、それは森田さん曰く、
「映画には、必ず役に立つ情報を入れるべきだ」
という理由からであった。

明は、まみと同じ大学に通っているのだが、なかなか出会わず、サロンの客のまま恋しあい、夜のサロンの中でセックスする。
まみは大学教授と付き合い、太股にキスさせて卒業に足らない単位をおねだりし、明にも由加(井上麻衣)という恋人がいて部屋で長襦袢を脱がせてセックス、早く就職を決めろとプレッシャーをかけるが、結局、新しい恋人を作って彼をフる。
そういうお互いの事情は知らないまま、終盤になって、大学でバッタリ会って笑い合う。お互いの背負ったもの、みたいなのはかる〜く流して楽しくセックスしよ〜
・・・みたいな・・・悪くないかも。
旧来のロマンポルノは、もっとめんどくさい。

どのカットも移動車を使って撮ったが、それは、
「テクニックは徹底すべきだ」
という理由からだった。
『の・ようなもの』は、全編パンによる撮影をしなかった、名付けて「ノーパン映画」という。 
今回も、それに順じて、必ず移動撮影することを、自分に科していた。

だが、これに関しては、僕は冷ややかに思って見ていた。
移動は、ここぞという時に使うべきもので、全カットに使ったら効果が無くなるだろう、と思ったが、編集ラッシュでは、それが違う形で証明された。

どのカットも移動していると、全体的にもの凄く長く感じるのだ。
テンポが全く感じられないのであった。

試写室から出て来た我々は、首を傾げたり「これは失敗作だ」と思った。
企画の小松祐司なんかはハイになってニコニコして、
「失敗しよった?」
と囁いて来た。
そうした雰囲気を肌で感じて焦った森田さんは編集室にこもり、移動しているところを切って止まったところだけ使うという編集を施して、移動している箇所を大胆に減らすと、次のラッシュではテンポが少し出て来て、オールラッシュでは、現場での楽しさが蘇って、失敗作でもないじゃないか、と思われて来た。

更にダビングで効果音や音楽を入れると、軽い物語が軽いなりに気楽に見られるようになり、意地悪な見方を遠ざける。音が入ることで元々の狙いも分かって来た。

就職活動をしていて就職が叶った明は、まみの前で採用通知を破ってしまう。
このサロンで働くことを決めたのだった。
そんな、人生の重い選択も、この世界では軽い。

ラストシーンは、サロンの新装開店で、店員の制服はレオタードになり、僕もお客として座席に座っている。
「ヘルシータイム!」と寺島まゆみがカメラ目線で叫ぶと、彼女の「ロックンロールタイフーン」が始まり、ワンコーラスワンカットでドーリーバックし、店員もお客もリズムに合わせて踊り、僕もエプロンかけてシェービングクリームを顎に付けたまま踊り、フレーム上から紙吹雪が舞い落ち、ドーリーアップで再度寺島まゆみの顔となり、エンド。
まあ、こんなロマンポルノは今まで無かった。ということだけは確かである。

12/27に0号と打ち上げ。大学のコンパみたいな雰囲気であった。
井上麻衣は「もう森田組にしか出ない!」と宣言。(この直後、中原俊監督『宇能鴻一郎の姉妹理容室』に主演しているが)
僕は、お互い酔って終電逃した伊藤克信と、新宿のレンタルームに泊まった。

恒例の年末アジア旅行は、那須さん夫妻はアメリカに行っていて、僕は初めて一人でスリランカに旅立った。大晦日のことである。

やはり27 日に『家族ゲーム』の第一回打ち合わせがあったが、スリランカ行きのことでソワソワして、「いつ帰って来るんですか」と言われても「さあね、何が起こるか分からないからね」とうそぶいていたのだが、行ったら確かにヤバかった・・・帰国の日に、有り金ぜんぶ盗られた・・・


...to be continued

(チャリンの方には、金子の出演カットのスチールお見せしますね)

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