見出し画像

松本人志にイカされ参考書を閉じた話

高校受験を3ヶ月後に控えた3年生の冬、僕は身の入らない受験勉強の渦中にいた。受かる奴はたった3分の待ち時間を積み重ねて平日3時間/休日8時間の理想勉強時間を獲得していくらしいが、受からない側の僕は質も量も圧倒的に悪かった。親の期待にだけ応えていようと取り繕った弥縫策はやがて大きな穴となって露呈する。高い月謝を払って塾に通わせてもらってる、という罪悪感はますます成績下落を助長した。塾から出てきた僕を数十分前から待つ母は、ジュースとお菓子を持って立っている。送迎車には僕の好きな音楽が労いのメロディーを奏でているが「お疲れさま」の言葉に心から「ありがとう」と思えたことがなかった。頑張ってないからだ。塾から帰っても夜遅くまで勉強してるフリをした。深夜にトイレで起きたであろう母の影が部屋の前を通る。僕は自室の灯りを点けていれば母が安心することを知っている。朝起きて「昨日も2時までやってたのね、えらい」と褒められるからだ。下瞼のクマがひどく黒いのは遊惰と自責で埋めた夜更かしのせい。手の側面が黒いのは筆跡を擦った汚れではなくやってますアピール。期待の重圧に疲弊していたある日、邪念のゆくままにYouTubeを開いた。ある動画のサムネイルに目が止まった。ある男が顔面クリーム塗れで額から血を流している。「一人ごっつ ピー助」というタイトルだった。

「ピー助」
昼の帯番組の司会者「ピー助」による番組スタッフへの説教を描く。スタッフ達のピー助に対する嫌がらせや有り得ないミス、やる気の無さをピー助が一つ一つツッコミを入れていく。コントは番組のエンディングから入り、収録が終わった直後から説教が始まる。彼が何かを指摘するたびにスタッフの「あ~」というわざとらしい声と、特にピー助が被害を受けたことへの「フヘヘヘ」という陰湿な笑い声が流れ、よりピー助が怒る。一人ごっつ Wikipediaより引用

ガキ使やリンカーンで観ていた松本人志は何となく面白い人だなぁという認識だったが、このコントを観た瞬間を境に感性がひっくり返った。ピー助には1と2があって僕が観た動画はそのふたつを合わせた20分尺くらいのものだった。20分あるコントを2時間かけて観た。これは盛っている訳ではなく笑いすぎて途中何度も一時停止しながら再生したためである。同室で眠る弟を起こさぬようイヤホンで観ていたが、漏れ出た堪え笑いできっと起きていたのだと思う。勉強過多で頭がおかしくなった兄を見た弟はどんな気持ちだったのだろう。タイトルの「松本人志にイカされ参考書を閉じた」の意を明らかにしたい。コント鑑賞中、僕は何度も失禁していたのだ。堪えきれなかったのは笑いだけでは無かった。膀胱はすべてを解放し、観終わった2時間後にはズボンと椅子がびしょびしょだった。鑑賞中、僕はトイレに行く3分間さえ惜しいと思った。受かる奴は勉強に熱中できるから待ち時間の3分が惜しいと感じるのか、そのとき分かった。もっと松本人志に釘付けにされたい、彼のボケでめちゃくちゃにされたいと心が叫んだ、そんな初夜の話でした。ご清聴ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?