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するっと的 なりたい人物像 その2!

こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか、するっとです。
なんだか今年は花粉症が一段とひどい気がします・・・。

さて、本日は・・・

「なりたい人物像 その2」
を書いてみようと思います。

前回、私の「なりたい人物像」
を書いたのですが、

その先を思い描いてみた際、もう一つ明確に見えてきた像がありました。


それは

説得力のある人

です。

どういうことかというと、

将来的に私がなりたい像を考えた時に、

「人に元気、勇気、自信を持たせてあげたい」
「人に「大丈夫だよ。」と言って、背中をそっと押してあげたい」

というようなことが浮かんできたんですね。

じゃあ、それって一体どんな人物だろう?

私が考えるに、それって

その人自身も実際にそういう経験をして乗り越えてきていたり、
そのことについて実際に深く考えたり悩んだりしたことがある、
その人の言動に「説得力のある人」ではないかと思ったんですよね。


今の世の中、「背中を押してくれる」「励ましてくれる」「肯定してくれる」言葉って本当に溢れていると感じます。

でもなぜか、私の感覚ですが、大半が「薄っぺらく」感じてしまう。
もちろん、その言葉の発信者の背景をきちんと知らないだけかもしれません。

でも、そうした「薄っぺらい格好の良い言葉」って、本当の意味で人に影響を与える力って持っていないように思うのです。

対して、
「この人が言うのだから、本当にそうなんだろうな」
「この人にそう言ってもらえたんだから自信が出てきた」
となる方が、何十倍も何百倍も、言われた人の心に響くのではないでしょうか。

私は、そうした「本当の意味で」人に力を与えられる人になりたいのです。

そのために必要なこと。
私の発する言葉が本当に意味をなすために必要なこと。

それが、
言葉に「説得性」と言う付加価値を持たせるような私の生き方(経験)だと思っています。
要は「大丈夫だよ。」の裏付けとなる自らの経験ですね。

具体的には、
・苦労(経験)を買ってでもする。
・なるべく色々なことを深く考えたり、思いを馳せてみる。
・うまくいかなかった際は必ずそこから何かしら学びを得る。
・うまくいっている際も一旦立ち止まり、理由を考えてみる。
・たまに過去を振り返って学びを整理してみる。

こんな感じでしょうか。

思えば、私・・・
元々はどちらかというと苦労の少ない家に生まれたのですが、
物心ついた頃から何故か「このままじゃいけない!もっと苦労しなきゃ!」と謎の焦りを感じていて。
まだ若いのに、今思うとちょっと変わった子でした。笑

よく言われる「人間、楽な方に流されていく」を真っ向から抗って真逆に進んでいくヤツだったんです。

深い思考のもと生きてきたような経験豊かな大人を尊敬していましたし、
自分自身でもなんとなく、
苦労を実際に自分で経験、体感することでしか得られない「何か」があるって、感じていたんですよね。
好奇心というよりは、もはや義務感のような・・・使命感のような。

自ら選択した経験としては例えば
・第一外国語に一般的な英語ではなく敢えて少数派の仏語を選択する
・初海外でいきなり一人でニュージーランドに2週間ホームステイする
・敢えて志望校をトップクラスに設定し、浪人経験までする
・サークルじゃなくて敢えてガチ運動部に所属する
・絶対合わないのわかっていたけど敢えて会社員という働き方を経験するため就活する
・安定しないのわかっていたけど敢えて自営業という働き方を経験する(店経営)
・本格的な環境に身を置くため敢えてのガチ職場に飛び込む(しかも掛け持ち)
・・・などなど

あらためて思い返してみると、「自分に経験を積ませるための選択」をしてきた気がします。

一方で、望まず訪れた経験も。
前の記事でも書きましたが、例えば

・同棲、実家挨拶までしていたのに婚約破棄
とかね。

まぁでもこれも、当時は絶望的でしたが・・・

今思えば「経験者のみ分かること」を経験できて貴重だったなぁ、と思うのです。

あの複雑な感情の先にある、明るい未来を指し示してあげられる「説得性」を得られたわけですから。


「大丈夫だよ。」と言うからには、苦悩があったとしても結果として「幸せ」になっていることも大事だと思います。

その一連の流れを「経験」した、ということが必要になってくるわけです。

どんな経験も自分なりに学びや幸せに繋げるべく
常日頃から思考を巡らせ整理して、

いずれ誰かに寄り添い発するだろう「大丈夫だよ。」の言葉の背景にある説得力となるよう着実に積み上げていきたいです。

それでは、また次回。

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