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本屋で会ったあの人

 本屋で会ったあの人のことが気にかかっていた。コンビニや本屋などでふと会う女の子にプチ一目惚れというのはよくあるのだが、あの人の場合はそういうのではなかった。なんというか、その人には現実感というのがなかった。不思議なことに私が駅前の本屋に行く時には必ず女性雑誌を読んでいた。もう10回行って10回会うのである。彼女が私を待ち伏せしているか、私が彼女の幻影を見ているのかのどっちかだ。
 ある日私は我慢できなくなくなり、彼女をつけてしまった。雨が音もなく降り注いでいた。本屋を出ると彼女はすっと傘をさし、横断歩道を渡って本屋の裏手にある森に消えていった。私は木を盾にしながら彼女をつけていった。すると彼女はたぬき穴と地元の人から言われている穴蔵に入っていった。その穴蔵は戦後ずっと立ち入り禁止だった。なんでも戦中は防空壕であったらしく、空襲の直撃をうけ逃げ込んだ当時の住人の方々が悲惨な最後を遂げたという。その穴蔵に入ったまんま、彼女は出てこなかった。私も入り口まで入ってみたが漆黒の暗闇に気をされて逃げ帰ってきてしまった。それ以来、本屋で彼女を見ることはなくなった。まさか、あの穴蔵に入ったままなのか?ずっと気になっていたが、それでも長い年月が経つとあの穴蔵の出来事とともに、私はすっかり彼女のことを忘れてしまっていた。
 
 あれから30年が経った。そのころだ。森の女の噂が立ち上がったのは。


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