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一人暮らしに嫌気がさしているあなた、誰かとともに暮らしたい。そんな風に思っている人は大勢いるでしょう。ですがそれがかなう人は半分にも満たない、何故こんなに人は街にあふれかえっているのに共に暮らすことができないのでしょう・・・・・・

俺はとりあえず部屋の中のゴミを端に寄せ部屋の真ん中に腰を下ろすスペースを作り、どうぞ、と女に腰を下ろすよう勧めた。
俺は久しぶりに台所の中でカビついた食器を、スポンジでゴシゴシと力一杯擦りながら洗うと、薬缶に水を入れ火に掛けた。注ぎ口から湯気が立ちお湯が湧いた処で、何時からあるのか判らない紅茶のティーパックを取り出し、カップに入れてお湯を注ぐ。女にそれを手渡すと、女はカップをじっと見つめ何か言いたげだった。
俺はその表情を見て、珍しく感が付き、棚に置いてあったスティックシュガーを渡した。女は、「アリガトウ――」とカップに砂糖をいれて、フゥ~と息を吹きかけカップを傾けた。
女は気持を落ち着けるように、そぉ~と目を閉じる。そして瞼を開き再度「アリガトウ――」と俺にニッコリ笑いかけた。
俺は他人からこんな風に礼を言われるのは久しぶりだなぁ、と思いながら微笑み返した。
その日の夜は女子供を俺の布団に寝かし、俺は台所の前の三畳間で毛布に包まり、静かな朝を迎えた。俺は手際よく会社へ行く準備を済ませると、女には「誰が来ても返事をするな」と言い効かすと会社に出勤した。
マンションの下には怪しい人影は無く、どうやら昨夜の中に一先ず男達は引きあげて行ったようだった。
その日の俺は仕事を早く切り上げ、珍しくスーパーへ買い物に出掛けて、親子二人の身の回りの必要なモノを買い漁り、左手に杖、右手には買い物袋を幾つも下げ右足を引き摺り家へ帰った。
そして重い荷物片手に提げ、玄関のドアをなんとか開けて中へ入って驚いた。
なんと部屋の中はあの悪臭漂う景色は消えて無くなり、綺麗に片付き窓を遮っていた黄ばみきったカーテンも綺麗に洗濯され黄ばみもシミも無くなっていた。
随分と部屋の中の様子が爽やかな感じに変化し、室内に漂う空気も清潔感が満ち溢れた匂いがした。
俺は思わずニンマリとして頷くと、その表情を見た女はホッとした顔で微笑んだ。
女は勝手に部屋の中を掃除した事に対して罪の意識が合ったようだった。
「ドウデスカ? コレデイイデスカ?」と言いながら女は昨夜自分の部屋を見て顔を歪めた俺に、自分も出来るんだと言う処を見て貰いたいかの様な表情で俺を見た。
俺はニンマリとしながら買い物袋をテーブルの上に置くと、女にこれで良いかと尋ねて、粉ミルクの缶を手渡した。女は何度も頷き直ぐに湯を沸かしはじめ、お湯が湧くと直ぐに子供のミルクを作りはじめ、出来上がったミルクの温度を試し飲みすると軽く頷き、それを子供の口へと運ぶ。すると余程お腹が空いていたのか、赤ちゃんは勢い良く喉を鳴らし胃袋に流し込み、直ぐに作ったミルクを全部飲み干すと、まだ足りないと言わんばかりに泣き叫びおかわりを欲しがった。
その様子を見て、俺は昨日、女に紅茶を入れてやっただけで何も与えていない事に気が付いた。
俺は(何か食べ物を作らなければ)と思い買い物袋の中を覗きこんだが、キャベツに豚肉、何故だかアジの干物に梅干し、それに何時もより多めに買った牛乳と食パン、ハブラシ、トイレットペーパーにティッシュ、焼酎、改めて中身を確認し自分の不甲斐無さに呆れてしまった。
しかもそこで初めて気付いた。不自由な片足で左手に杖をつき、右手一本で料理なんて作れる筈のない事に、考えてみれば病院を退院し家に戻ってからの食事は外食かコンビニ弁当のどっちかで、家で自炊する事など全く無かったのだ。
俺はしかたなく女の顔を見て「料理、デキル?」と言うとフライパンを振る真似をした。すると女は微笑みながら「デキマス――」と言いうと、台所に立ち、周りを見渡し買ってきた材料と幸いにもお米だけは買い置きがあった為、米をとぎ、手際良く料理を作りだした。俺は料理が出来るまでの間、子供の横で一緒に料理の出来るのを待った。
俺は料理を待つ間の時間に昔懐かしい家族の温もりらしきものを感じていた。そして出来上がった晩御飯を女と二人で食べる。
女は久しぶりに食事を口にしたのか、幸せそうに微笑み頷きながら野菜炒めを口に含み咀嚼していた。そして全て食べ終えると、何時の間にか眠ってしまっている子供の横に腰を下ろし、頭を撫ぜながら一時の幸せに満足げな表情を浮かべていた。
その時、隣の部屋のドアが強く蹴られ怒鳴り声が聞えた。女は驚き、急いで子供を抱き寄せ俺の顔を見た。俺は人差し指を口に当てると親子を奥の部屋へ隠れさし、息を潜めて隣の様子を伺った。どうやら女は逃げて来る時に部屋の鍵を掛けずに来たようで、男達は部屋の中を探し回り、誰もいない事がわかると、ブツブツと中国語で何か喋りながら帰って行った。
ホッとした俺は、奥の部屋へ隠した親子の処へ行き、男達が帰って行った事を伝えると、女は震えながら頷いた。
「なんで追われてるんだ?」
「…………」
「あいつらは中国マフィアなのか?」
「ウン……」
「亭主は?」
「…………」
どうやら女は詳しい事情を話す訳にはいかないらしい。しかし俺に対して迷惑を掛けている事は自覚しているらしく、申し訳なさそうな表情を浮かべ一言「スミマセン……」と謝ると、弱弱しい目でじっと俺の顔を見詰めて、見捨てないでくれと言わんばかりの表情を向けた。
そんな女の表情を見て、なんで平和な日本国内で、こんな事が起っているのだろう。しかも日本のヤクザが中国人を何かの理由で追っていると言うならまだしも、中国マフィアが中国人を日本国内で追っかけまわすなんて、どうなっているのかサッパリ理解出来なかったが、親兄弟も知人も誰もいない日本と言う国で、そんな災難に巻き込まれて、女一人で子供を抱え生き抜こうとする女が哀れに想え、とても俺は見捨てる事など出来ず優しく微笑み頷いた。
俺は翌日から会社へ行っている時、自宅に残しているあの親子の事が気がかりで、まともに仕事に打ち込めないようになり、昼休みの時間には家に電話を掛けて安否を確認する様にしている。電話のベルを三度鳴らして切った後、直ぐに電話する約束になっている。
俺は電話を掛けた時に、無事に電話に出た女の声を聞いて、ホッとしてどうにか仕事に打ち込めるといった具合で、豪い事になってしまったなと思い溜息を吐いた。

続く


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