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長い人生いろんなことがあります。その人生で命が危険にさらされるような体験はありませんか?そんな時あなたはどうしましたか?そんな時こそその人の人間性が垣間見えるのです。

「坂崎さん、今晩飲みに行きませんかぁ」
「え、俺ぇ……」
「ダメですかぁ」
「いやぁ……、俺とぉ――」
「えぇ――」
「…………」
どうゆう事だろう、俺とかぁ、と言うのが本心だった。飲みに連れてって欲しいなら俺じゃなくても他にも大勢いるだろうと思った。
それもその筈、相手は社内でも一二を争うほどの美人で、男性社員誰もが知っている堺ゆきこだったからだ。
俺はどうしてイイのか分からず、散々迷ったが特に用事があるわけでもなく了解した。
その日の仕事はすこぶる快調に進み、7時には終る事ができ、俺はあらかじめ聞いていた携帯番号に電話を掛けた。
「トゥルルルルルー――」
「あ、もしもし私です。終わりましたかぁ、お仕事?」
「ああ、終ったよ――」
俺はゆきこの言う通りに待ち合わせの場所へと出向いた。そこは意外や意外で、普通の親爺が出入りする様な居酒屋、と言うか一杯飲み屋に近かった。
「すみません。着いてから一時間近くになるんで、先にやらせてもらってます――」といったゆきこは、生ビール片手にニッコリと笑っていた。
「あぁ、構わないよ」
俺はそう言うと自分も生ビールを頼み、ジョッキを掲げながらゆきこに一つ頷き、喉を鳴らした。
「美味しそうに飲みますねぇ」
「え、そぉお~」
「うん、イイ感じ……」
俺は変わった処に感心を示す女だなぁと思い、愛想笑いで返した。
その後も二人は生ビールを飲み続け、一時間程経った時には酒の力もあってか、二人ともほろ酔い気分で、気分はすっかり打ち解けていた。
「坂崎さん、実は私、彼氏と別れちゃったんです。と言うかぁ、ふられたといった方が正解かなぁ……」
「へぇ~君みたいな美人をフル奴がいるんだねぇ、罰当りな奴だ――」
「…………」
「でもなんでその男は?」
「え、えぇ、他にいい人が出来たんです……」
「ふぅ~ん、さぞかしいい女なんだねぇ、その女って――」
「どうして?」
「そりゃ~、君みたいな美人をふってまでその人を選んだんだろう――」
「うん、まぁいい女ですよ。でも旦那さんがいたの、その人……」
「いたのって? 過去形かぁ」
「うん、子供もいるのに旦那と別れちゃったのよぉ、それには流石にまいちゃったぁ……」
「そうかぁ……」
「あ、ごめんなさい。つまらない話ししちゃって――」
「いやぁ、構わないよ」
その後、もう少しマシな処に店を変えるつもりでいた俺は、「そろそろぉ、店変えようかぁ、もっと若い女の子が喜ぶ、お洒落な店の方が……」と聞くと、「うぅうん、ここでゆっくり飲みたい。賑やかな店の方が安心できると言うかぁ……」
 俺はゆきこが言う通りに店を変える事無く、ただひたすら飲み続け、ゆきことたわいのない話しをしながら時を過ごした。
 俺にとっては久しぶりの女性との一時で、気持が和み有意義な一時を過ごした。
(まだ俺は男だったんだなぁ)と思いながら杖を突き右足を引き摺りながら店を出て、少し飲み過ぎた俺は、左手に杖を突き何時もより重く感じる右足を引きずりながら、ゆきこと別れ地下鉄に乗った。
 俺は家に帰り何時もと同じ様に台所の換気扇を回し、シャワ―を浴びようとした時、ドアを強く叩く音が聞こえた。
「こんな時間に誰だ……」とぼやきながら恐る恐るドアを開けると、慌てふためいた隣の中国人の女が子供を抱きかかえ半泣きになりながら片言で「タスケテクダサイ」と言うと部屋の中へ飛び込んで来た。
「何やってんだ――」
「タスケテ、オネガイデス――」
「…………」
「タスケテ、コロサレマス……」
 俺は厄介は御免だと思い外へ出て行けと言おうとした時、隣のドアを蹴り飛ばし恐らくは中国語であろうと思われる言葉で怒鳴り散らす声が何度となく聞こえてくる。
 俺は何時の間にか部屋の中へ入り込んでいる女に、声を潜めながら人差し指を口に宛て、女に合図を送った。
すると女は小さな子供を抱き抱え、震えながら俺に頷いた。ほっそりと痩せ細った顔が幸薄い生い立ちを想像させた。
その後、十分程ドアの前で暴れていた男達は、時間も時間だった事もあり、一先ずは諦めたのか、引き上げて行った。足音と話し声から三人か四人位はいただろう。タダ事でない事は明らかであるが、一般サリーマンの俺にどうにかしてやれる問題でもなく、女達親子を部屋に帰って警察に届け出る様に言うと、女は此処へ置いてくれと、片言の日本語でお願いしてきたが、迷わず俺は首を横に振った。
俺はこれ以上、危険を感じるゴタゴタに首を突っ込む気などさらさらなく、しゃがみ込み子供を抱える女の手を掴み、無理やり立たすと、重い右足を引きずりながら部屋の外へと追いやった。
すると少し間をおいて、隣の部屋のドアが開き、閉まる音が聞こえて来た。俺は手―部の椅子に腰かけて大きなため息を吐いたが、いざ乳飲み子を抱えた女を追い遣ってみるとなんとも後味の悪い想いがし、自分に対しての怒りがじわじわと込上げて来るのを感じた。
俺は堪らず立ち上がり玄関の前に立つと杖を片手にドアを開け外に出た。
隣の部屋のドアを叩き、「隣の者です――」ドアの向う側に人の気配がすると、ゆっくりとドアが開いた。
「…………」
「さっきはすまなかった。家でよければ、何時までも居ていいよ……」
「…………」
女は涙で濡れた顔を震わせながら「ホントに……」と言うと、女は一旦部屋の中へ入って行く。俺も後を追うように女の部屋の中へ潜り込みドアを閉めた。
そして俺は目の前に広がった中国人親子の部屋の中の景色に体が固まると同時に、俺自身の中に一抹の不安を過ぎらせる。
部屋の壁にはいくつもの穴が開き、拳で殴ったのか、それとも棒きれの様な物で叩いたのかは判断出来ないが、大小の形の違う穴が壁のあちらこちらに開いていた。殺伐とした雰囲気が伝わってくる中、その雰囲気を更に引き立てるかのように何かが壁に飛び散って出来た黒い染みが至る所にマーブル模様のようになって残っていた。
部屋の奥から臭ってくる鼻腔にこびり付くような悪臭がし、部屋の奥に目をやると押入れの襖はビリビリに破れ、押し入れの中に無造作に放り込まれたガラクタの様な物が覗いている。畳の上には恐らく交尾の時に使ったコンドームやらティッシュの残骸が部屋の至る所に散らばっていた。
俺はこの部屋が何時も自分を悩ませた雑音を奏でていた場所なのだと思いながらが、自分の部屋とはまた違うタイプの荒れようだなと感心してしまった。
すると荒れ果てた奥の部屋から大きなスポーツバッグを肩から提げ、子供を抱きかかえた女が出て来た。女は部屋の中を見て唖然とする俺に一瞬、見ないでという表情を俺に向けたが、それを置き去りにするようにして急ぎ早に部屋を出ると、俺の部屋のドアを開け中へと転がり込むように入って行った。
俺も後を追うように自分の部屋へと戻ると、其処には其処でさっきまでとまた違った酷い景色が広がっていた。

続く


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