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武器としての国際通貨

ウクライナ侵攻に対する制裁としてロシアの銀行がSWIFTから排除されたことは記憶に新しい。なお、SWIFTは海外送金等の国際決済をするための通信サービスのことである。こうした金融制裁はイラン、北朝鮮といった「ならず者国家」に対して実行されてきた。

テロマネーとの闘い

金融制裁が大々的に実施されたのは2001年の911テロに際してである。ブッシュ大統領はアルカイダへの反撃としてテロリストの資金調達ネットワークを破壊することを宣言した。

スタンフォード大・教授から財務省次官(国際担当)へ転身したばかりだったジョン・テイラーもこの闘いに参加した闘士の一人である。テイラー教授は金融政策におけるテイラールールを提唱したことで有名である。

テイラー(2007)によるとこの闘いの目的は2つあった。1つにはテロリストの資産を凍結すること、もう1つは資金の流れを追跡して将来のテロを未然に防ぐことである。2001年9月24日、ブッシュ大統領はテロリストの資産を凍結する大統領令を発した。

テロリストのリストを作成し、G7や国連を通じた国際協力によって173カ国において口座の凍結が実行された。テイラー(2007)は資産凍結の舞台裏を詳述している。これだけの規模の国際協力は現在では望むべくもない。

ドル決済の仕組み

テイラー(2007)には第二の目的であるテロ資金の追跡については書かれていない。実はドルが国際通貨であるが故に資金の動きは米国内において監視できる。この仕組みを図解しよう。

国際決済にはSWIFTを利用する。そして、米国内における決済はFRBが運営する決済システムであるFedwireが使われる。このシステムにおいて、連邦準備銀行と参加金融機関は専用の通信ネットワークによって結ばれる。

民間銀行は連邦準備銀行に当座預金を保有し、口座間振替によって決済が行われる。国際金融論aで解説した日銀ネットの米国版だと考えるとよい。Fedwireの他に民営機関が運営するCHIPSがあり、国際的なドル支払いのほとんどを占める。

出所: 筆者の労作

国際通貨であるドルは第三国間での決済において為替媒介通貨として機能する。例として日本とタイとの貿易を図解した。タイの銀行Aは米国の銀行Bにコルレス口座を持ち、日本の銀行Dは米国の銀行Cにコルレス口座を持つ。

タイと米国、米国と日本における資金の支払いと受取りはSWIFTによって通知される。銀行Bと銀行Cにおける資金移動は連邦準備銀行にある民間銀行の当座預金の間で資金が振り替えられる。このようにドル決済では国際決済といえども米国内で資金が移動するのだ。

資金の監視

米国内における資金移動は金融関連官庁が幾重にも目を光らせている。FRBはもちろん、通貨監督庁、連邦預金保険公社、証券取引委員会といった具合だ。

テロマネー監視の先頭に立つのは財務省の次官(テロ・金融インテリジェンス担当)である。部署としては財務省のテロ・金融インテリジェンス局にある外国資産管理室(OFAC)が担当する。OFACは安全保障を目的として米国が指定した個人・団体に対して資産凍結などの措置を講じる。

監視や制裁の根拠となる法令は、2001年の同時多発テロの1カ月後に発効した愛国者法311条である。財務長官がマネーロンダリングの恐れがある外国金融機関だと判断すれば、特定の取引の記録・報告、コルレス口座に関する情報収集、コルレス口座開設の禁止を、米国の金融機関へ命じる。米国の銀行と取引できなくなり、ドル決済は不能となることを意味する。

最近の事例だと、2024年1月29日にイラクのアルフーダ銀行について米国金融機関がコルレス業務を提供することを禁止した。また、同行会長の米国資産も凍結された。アルフーダ銀行がイランの革命防衛隊などの資金調達に関与したためでる。

国際公共財の浸食

国際通貨は国際公共財だと、国際政治経済学や国際関係論では言われる。国際公共財とは例えば、自由貿易、航海の自由、世界的な安全保障システムといった便益が国境を越えて広がる財・サービスを指す。

公共財には要件が2つある。1つは非競合性であり、不特定多数の人が同時に利用できる 性質である。例えば、公共財である公園は誰かが利用しても、他の人が同時に利用できる。もう1つは非排除性であり、その財を利用することを妨げるための費用が著しく大きいという性質である。公園を利用させないためには、利用者を拘束するとか(そもそも違法)、バリケードを作らないといけない。

金融制裁は国際通貨の地位を揺るがす。決済通貨をドルから人民元やルーブルへ切り替える動き、準備通貨におけるドル離れ、SWIFTに代わる決済システムの構築によってロシアや中国は対抗している。

公共財の観点からは、ロシアを排除したことによってドルが非排除性の要件を満たさないことになる。国際通貨を武器として用いることによって国際通貨システムが分断されるだけではない。国際通貨としての地位そのものが浸食されるのだ。

参考文献

  • 時事通信、「テロ資金関与、イラクの銀行制裁=金融システムから排除―米財務省」、2024年1月30日

  • ジョン・B・テイラー(2007)『テロマネーを封鎖せよ』日経BP社

  • 中北徹(2013)『やっぱりドルは強い』朝日新聞出版

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