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4.「リンクスは…俺のものだ」

 さて、こういう訳で悪逆非道な「剣闘士詐欺計画」なるプランは大筋の線で決定された。これは立案されてみると…結構危険な計画である。
 まずリンクスに試合に負けてもらわなければならないということで、なんとナギが剣闘士に成りすまし、リンクスの相手をして打ち破るということになった。リキュア…つまり「隷属の鎖女祭レディー・リキュアひさしぶりの出品」ということで参加するのである。これなら正規のルートだし、隷属の鎖の神官が偽剣闘士を出してくるということが奇策中の奇策であるから、まずばれる心配がない。
 で、リンクスをやっつけて、止めを刺す、ということにして仮死状態にするのである。後はごみのように運び出されるリンクスの偽の遺体をいただけばいい、というわけだった。
 問題は2点ある。まず問題はリンクスをどうやって仮死状態にするか、というほうほうだが、これはナギの技で解決がついた。オーラ使いであるナギが戦闘で気絶しているリンクスに思いっきりオーラを叩き込むのである。一種の気功による呪文で、一見ほとんど死んだように見えるのだが、ちゃんと生きている。実はこれはリンクスほどの相手になるとあらかじめ本当に気絶でもしてもらわないと全く効果がないので、今まで実戦でつかったことはないのだが…変な呪文は覚えておくものである。
 もう一つの問題は、これは簡単にはいかない問題だった。要するにどうやってリンクスを破るかということである。とにかくリンクスは強い。強すぎる。格闘戦士として一流のナギでも、真っ向から打ち合ったら勝てる気はとてもしない。あのすごい戦闘センスといい、格闘戦の技といい…まじめに、いや本気で殺す気で闘わないと絶対に勝てないだろう。しかし…そこまでの真剣勝負をそもそもするつもりでこの作戦が企画されているわけではないし、万が一にもナギがリンクスに負けてしまったら、殺されかねないのである。
 実際のところ、この対策はあまり有効な手段は見当たらなかった。散々考えた末、最後の結論は結局「いかさまをしよう」という情けない話にまとまったのである。
 実は剣闘士は魔法を使うことができない。魔法なんかを使わせると、下手をすると観客に被害が及ぶかもしれないし、そうでなくても試合があまりに早くなってしまってつまらないので…一部の特殊な魔法以外は使用を許可しないのである。鎧もなく、魔法も無い状態で、剣と肉体だけで闘うのが剣闘士の闘いなのである。
 ナギはここに目をつけたわけである。要するにこっそり魔法を持ち込んでしまえば、まず必勝の体制になる。いくらリンクスが強くても魔法付きなら何とかなる(はずである)。それも目立たない呪文ならさらによい。
 こういうわけでナギは自分の武器に簡単な…しかしまず見つからない魔法の薬を塗ることにした。この武器で傷を受けた相手は焼け付くようなショックを感じるという、なかなか優れものの薬である。こういうものはリキュアが準備してくれた。
 
 リキュアとナギ以外のメンバーは場外担当&連絡員である。足の早いタルトが連絡とタイムキーパーを担当して、レムス、クーガーが「死んでいる」リンクスを奪い去るということになった。レムスはぜひとも親友を自分の手で奪回したいという一念でいっぱいだったし、クーガーはクーガーで「噂のリンクスさんに早く会いたい」というわけだった。まあ単なる死体だから、まさか派手な妨害とかそういうものはないだろうというわけである。
 
 こういう段取りでいよいよリンクス強奪作戦は次の試合の日…つまり13日後の剣闘士試合に決行されることになったのである。

*     *     *

 さて…こういう具合で彼らがごちゃごちゃ騒いでいるだけが帝都の風景ではない。第一人口が30万人もいる大都会である。他にもいろいろなところでいろいろなことが展開されていた。
 旧帝都とよばれる旧市街の一角の港側の酒場は、大体場末なもので柄の悪い連中やらなにやらが愛用している。そんな酒場の一角で一人の男が酒を飲んでいた。身の丈は2m近い。金髪なのだが日に焼けているらしくかなり褐色がかった肌の色をしている。そのコントラストがいやが上にも人目を引く。体格はすばらしいとしか言いようがない。座っているにもかかわらず、肩幅がすごく広いのでその体格の素晴らしさがはっきりと判る。盛り上がった胸の筋肉…そして腕…恐らくは格闘家か何かなのだろうが…武器のようなものは特に持っている様子はない。
 彼がそこに座っているだけで周囲にはまるで氷のような緊張感があった。いつもそこでくだを巻いているごろつきどもも、今日に限ってはさすがに恐る恐る飲んでいる。あまり緊張感があるので彼の周りには誰も座ろうとしない。
 さっき「酒を飲んでいる」といったが、実はそれは正確ではない。どうも目の前にあるのはやぎの乳らしい。代わりに目を丸くするほどの量の食べものがおかれている。さすがにこれだけすばらしい体を持っていると、維持するだけでそうとうの食事量が必要なのだろう。
 
 食事が一通り終わると、その男は周囲を見回した。見られただけでごろつきたちは背筋が凍りつくらしく、目を合わせないようにしている。当然酒場のおやじなどはキッチンに逃げてしまっている。
 男はその中で一人、一番手近なところにいた中年のやくざ風の男を見た。見られた側の男はたまったものではない。思わずトイレにゆくふりをしてその場を逃げだそうとしたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
 逃げだそうとしたやくざをその格闘家はあっという間に捕まえると、首筋をつかんだ。もうやくざの方は半泣きになりながらおとなしくなる。
 
「おい。」
「は、はい」
 
 格闘家の低い声に対して、やくざは情けない高い声で返事をする。もうこうなるとかわいそうとしか言いようがない。それでも格闘家は全くの無表情でやくざに問い詰めた。

「おまえは…リンクスというガキをみたことはないか?」
「…リンクスさんですか?いや…その…」
「背の低い、全身に稲妻傷がある、妙なヘッドギアをしたやつだ」
「は、はい。そんな人なら…たしか、最近剣闘士試合で…」
「そうか。」
 
 格闘家はそのままやくざを放り出すと、席に戻って財布から金を取り出した。やくざのほうは腰が抜けたように床にへたり込むと、泣きべそ寸前である。食事代をおいた格闘家はもう一度だけやくざをみた。見られたやくざはもう取り乱してどうしようもなくなっている。
 
「は…まだ、なにか…」
「…」
「あの、そのかたと…何かお知り合いか何かで?」
 
 すると…格闘家は一言だけ言った。
 
「あいつは…俺のものだ。」
 
 そうつぶやくと格闘家はかわいそうなやくざをおいて、酒場を立ち去ったのである。

*     *     *

 ごちゃごちゃ準備をしている間に、あっという間に試合の日はやってきた。作戦準備なんかで熱中している間は時間の過ぎ去るのが早いものである。
 レディー・リキュアはどこから調達してきたのか、ナギのサイズにぴったりの革の剣闘士用のパンツや大きなベルトを持ってきた。格闘戦士としてもともとかなり体格がいいナギがこういうのをつけるとリンクスなんかよりもよっぽどはまっていて…まさに剣闘士そのものでなかなか見ごたえがある。
 
「あら、似合うわねぇ…ほれぼれするわ…」
「…ううむ…そうかな?」
「ちょっとポーズとって見てよ。」
「こうかな?」
「いいわねぇ…剣闘士本当にやってみない?あたしが鍛えてあげるわよ。」
「…あのなぁ…」
 
 模造品の足かせまでつけると、確かにナギはこの間見た剣闘士たちとよく似ていて誰も疑いそうに無い。後は目つきとか…そういう部分だけの問題だが、これは演技で何とかなりそうである。
 一方レムスとクーガーはどうも緊張気味で結構固くなっている。こういう作戦は… レムスは初めてというわけではないのだが(あのサンドマンバームガーデンの戦いでも生き残ったのだから…)それでもどうも久しぶりで緊張が解れないらしい。ましてやこういう経験がないクーガーなどはこちこちである。
 このギャップを見て頭を抱えたのは連絡係のタルトである。ここまでギャップがあると、さすがに足並みがそろわなくなりそうで不安になるのは無理もない。
 
 こういう具合でいささかの不安要素を抱えたまま、作戦は決行ということになったのである。

*     *     *

 リキュアとナギのペアはなかなか…秀逸なほどの組みあわせであった。「オーナーの」レディー・リキュアは、これはもう昔取った杵柄なので、はまっているどころの騒ぎではない。いつもよりもかなりセクシーな服を着た彼女は観客の声援にサービス満点で(いささか過激気味で)好評を博している。一方のナギはナギでこれまたなかなか見事な剣闘士ぶりで、元々すばらしい体格を披露して、女性がたの失神を生んでいる。長い髪に隠れた片目にわざわざ眼帯などをつけているもので、見るからに勇ましそうで、誰が見ても本物の剣闘士である。
 というわけで…作戦の方もこれまた予想をはるかに上回るスムーズぶりだった。いくらリンクスでも魔法支援付きのナギに勝てるわけはない。これはもう(裏の事情を知っているものには)かわいそうとしか言いようがない。それでも恐ろしいことに、このソルジャーボーイはナギと互角の闘いをしてのけたのだからとんでもないことである。が、なんとかナギはリンクスを倒すことに成功した。
 すると観客の声援は、まるでイックスの競馬場みたいな世界に変わる。二人の勝負に金を賭けていた連中たちである。負けたリンクスに金を賭けていた連中は悲鳴を上げるし、逆にナギにかけていた連中は万歳三唱である。
 レディー・リキュアの一言で、ナギはそのままリンクスに「とどめ」をさした。といってもさっきもお話したとおり、オーラを叩き込んで昏睡状態にするだけである。しかしリンクスは …一瞬ぴくりと動いたと思うと、一見死んでしまったように見える。で、これまた観客は興奮のるつぼになるわけである。
 
「さ、帰るわよ!」
 
 勇ましく勝利を収めた「勇者」ナギに花束と宝石や金貨の雨が降り注いでいる。係員がこういう金目のものはさっさとかき集めて勝利者であるナギに手渡した。ナギは無表情に(これはレディー・リキュアがしっかりと言い含めていた)これを受け取ると、そのまままるで何を持っているか理解できないようなふうに歩いて会場を出た…というわけである。
 こういう具合でここまでは完璧だったのであるが …

*     *     *

 リキュアの連絡でタルトたちは早速配置についた。死んでしまった剣闘士を埋葬するための(別にこれはごみと同じなのだが、きちんと埋葬しないと衛生上問題がある)出口でこっそり待ち伏せするのである。
 案の定しばらくして「死んでいる」リンクスが手押し車に乗せられて引っ張り出されてきた。引っ張っているのは運の悪い係員1人である。死んだ奴隷ごときにわざわざたくさんの人員を割くわけはない。タルトは早速背後に忍び寄って、係員を殴って気絶させた。すばやくレムスとクーガーが手押し車を奪って 、そのまま逃げ出そうとしたのであるが …
 そこで全く予定外のことが起きたのである。
 
「おい。」
「えっ?」
「リンクスは俺のものだ。」
 
 突然二人は物陰から誰かに呼び止められた。彼らに呼びかけたのは野太い、男っぽい低い声だった。思わずレムスは声の方を振り向く。そこには薄汚れた胴着を着た、恐ろしいほど体格のいい戦士風の男が立っていた。
 レムスはその男を見てぎょっとした。もうこれは息を呑むほど逞しい胸板、丸太のように太い腕、赤に近い金髪がちょうど肩くらいまで伸びている。男っぽいあごの形を見ても、なんとなく四角い顔であることがよくわかる。どう見てもこの男は歴戦の格闘家か …剣闘士である。
 レムスはこの男に見覚えがあった。いや、見覚えがあるだけではない…彼らを何度も狙い、戦ったことがある強敵である。スレイブマスター・ジーク…
 
「スレイブマスター・ジーク!」
 
 間違いなかった。その男はリンクスを育てた奴隷調教師…そして彼らを何度も苦しめた隷属の鎖教団の神官戦士…スレイブマスター・ジークだったのである。

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