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3.「死体になってもらえば一番なんだけどね」

 リンクスの試合というのは、昼過ぎの2番目の試合だった。最終試合から数えた方がちょっと早いというところを考えても、結構リンクスが強くて人気があるということがわかる。観客もそこそこは彼のことを知っているらしく、「ぼぅい」という名前を連呼して(当然相手側の名前も連呼するのだが…)彼の登場を待っていた。
 リンクスはその声に弾かれるように会場に飛び出てきた。その様子を見ると、まるでゴムまりが弾むように勢いがある。ただタルト達には遠目でもリンクスがどこか悲しそうな目をしているのが判る。
 
「…間違いないんだな…あいつはリンクスだ。」
「…そうだな。」
 
 タルト達の見た限り、リンクスはあのころからさして背が伸びたとかそういう様子はないようである。元々背が低いらしいし、それ以上に魔法で身長があまり伸びないように押え込まれてしまっているらしい。アクロバットができなくなるから、ということらしかった。
 全身の傷は相変わらず痛々しく、ここから見ているとまるで虎のように見える。
 あの頃のままの二刀流で、右手に鋼鉄精霊族が好むサイバーソード、左手に短剣を持っている。剣闘士奴隷らしく、革のパンツと幅3cm程度の分厚いベルトだけをしているので、体格が際立っている。ただ、やはり剣闘士特有の鋼鉄の足輪(本来枷なのだが、試合中は鎖の部分は外されるのである。)がしっかりと右足についている。
 相手側は逆に身長2m以上ある大男だった。逞しいからだでほとんど同じようなファッションスタイルである。武器は鎖分銅というなかなかそれっぽいものだった。
 どらの音と共に闘いは始まった。リンクスの電撃的な機動に相手の大男はついてゆくのも手いっぱいである。しかし逆に大男の鎖分銅攻撃は破壊力がある。リンクスもかなり苦戦しているようである。観客はわぁわぁ言って喜んでいる。白熱した闘いほど観客は喜ぶのだ。
 鎖分銅を振り回す大男の攻撃にリンクスは遂にジャンプした。平面での闘いでは360度を振り回す鎖攻撃は手強い。立体戦術に切り替えたのである。しかし、今度は大男は分銅を投げつけてきた。リンクスはよけようと体をひねったが、空中姿勢ではよけきれるものではない。一撃を肩に受けて剣を取り落としてしまう。
 見ているタルトはリンクスのピンチに青い顔になった。
 
「まずいっ!」
 
 タルトだけではない。ナギも、リキュアも…そしてクーガーも青い顔をする。
リキュアに剣闘士とリンクスのことを聞いたばかりのクーガーは思わず立ち上がって何かできないかと左右を振り向いたが、とっさに誰かにとめられた。
 
「落ち着け、坊主。」
「?えっ?」
「あれはフェイントだぜ。見ておけよ。」
 
 クーガーに声をかけた若い男は、どうも戦士か拳法家のようないでたちだった。… 剣闘士とは違う一種独特の体格…そしてどうも帝国の人とは違う顔立ち…金髪の髪がさがだってセットされている。革のジャケットのようなものを着ているところをみても…帝国人とは思えなかった。
 クーガーの頭をなぜて、その青年はクーガーを座らせた。クーガーはいわれたとおりもう一度リンクスの試合の方に目を向けた。
 
 確かに…その青年の言う通りだった。リンクスは肩に分銅を食らっていったん転んだようにみえた。ところが…そのまま今度は大男の足元に向けてスライディングをかけたのである。突然の下からの攻撃で大男は対応することもできない。足元からリンクスに体当たりを食らってまともに転んでしまう。そして…リンクスの短剣が次の瞬間大男の首筋に突きつけられた。試合は終わった。
 観客はすばらしい闘いに喝采を送った。熱狂した夫人がたなどはすばらしい試合に興奮のあまりたおれる奴まででるしまつである。要するに…逞しい男が汗を流して闘う様を見たいという下衆な連中なのだが …
 
 クーガーは彼に声をかけてくれた青年に礼を言った。青年は白い歯をちょっとだして笑うと、手を振って席を立った。
 
「えっと、僕、クーガーっていうんです。ありがとうございました」
「クーガーか。俺はジャッキーだ。またな。」
 
 それだけ言うとジャッキーと名乗る青年はその場を立ち去ったのである

*     *     *

 リキュアたちはリンクスの試合の後、結局すぐにコロッセオを後にした。「ぼぅい」と名乗る剣闘士が本当にリンクスであることは判ったし、オーナーも誰だかはっきりした。試合のアナウンスから判断して、帝国5大家の一つ、ダキア家の所有となっているらしい。
 一行はなんとなく複雑な表情でいっぱいになって宿に帰っていった。とにかく …リンクスが無事であるということは喜ぶべきことなんだろうが、それ以上に今のリンクスがおかれている状況を考えると、何とかしなければという気持ちでいっぱいになる。
 宿に帰ると一行は今日の話と今後の対策で早速…夕ご飯といっしょに相談会を開いた。
 
「クーガー?おまえ、あの時誰と話していたの?」
「うん。かっこいいお兄さん。えっと、ジャッキーさんって人でした。」
「ああ、拳法家風の奴だな?覚えているよ。」
「うん、リンクスさんの闘い、詳しく教えてくれたんです。」
「へぇ…あのフェイントも?」
「うん。」
「…」
 
 ナギは「ちょっとやられた」という表情をした。格闘家としてかなりの腕であるナギが見抜けなかったあのフェイントを金髪の拳法家が見抜いてクーガーに教えてくれた…というのはさすがにショックである。
 結構こえているような表情のナギにリキュアは笑ったのだが、まあそれは余談といってもいい。(ナギはそういう気は丸でしていないようであるが…)まずは肝心の、いかにリンクスを救出するかという難問に取り組まなければならない。
 
「ダキア家でも人気がある方の剣闘士みたいだな…あの観客の興奮ぶりを見ていると…」
「そうねぇ…まず間違いないと思うわ。」
「買い取るとしたら…どれくらいの費用がかかるんでしょうか?」
 
 レムスは困ったようにリキュア達に言った。確かに相手は人気のある奴隷であるとしても、あくまで「財物」である。買い取り交渉ができないわけではない。
 
「そうね。相場から言うと多分…金塊10本くらいだと思うわ。」
「金塊10本かよ!そりゃ、すげぇぜ!」
 
 リキュアの見積もりにタルトは驚きの声を上げる。金塊10本…つまり10kgである。この帝都でも屋敷が立ちかねない価格である。あの小さい少年のからだにこれだけの価値が詰まっているというのだから… あのパンパン張ったようなまめタンクぶりがなんとなく納得できてしまう。
 
「でも、それはリンクスの能力に気がつかれていない時だろ?リキュア…」
「当然じゃない!あの子の能力込みだったら、値段なんかつけれないわよ…」
 
 リキュアはため息を吐いた。リンクスの能力…凄まじい強度のサイオニクス能力である。恐らく生体兵器として改造されたときに植え付けられたのだろう。あの頭に組み込まれた「サイコヘッドギア」によってリンクスは強大な超能力を発揮することができる。脳に直接リンクしているサイコヘッドギアはリンクスの潜在能力を最大限に引っ張り出すのだ。元々かなり才能があったのだとは思うが、それがあのヘッドギアでいかんなく発揮されると手が付けられない。文字どおり、生体兵器そのものだった。テレポート、テレキネシス、サイコスピアー…一応サイオニクス魔術を使うことができるリキュアなので、リンクスのパワーというものがどれほどすさまじいものであるのかよくわかっている。
 しかし、とにかくダキア家がリンクスのパワーに果たして気がついているのか …それによってかなり作戦が違ってくる。
 
「あたしは多分…気がついていないと思うわ。だって、気がついていたら試合になんて出さないわよ。」
「そうだなぁ…そのまま神将か、最低でも身辺護衛に使うと思うぜ。」
 
 リキュアとタルトの意見はあっさり一致した。大体死亡するリスクがかなりある(1試合で10%というのは…絶対死んでは困るとしたら、かなり高い)コロッセオに出すわけはない。うすうすは気がついているのかもしれないが、まずはっきりとした事はわかっていないはずである。
 しかしここでナギは不思議そうに彼らに言った。

「しかし気になるんだが…あれほど強いリンクスが、そもそもなぜまた剣闘士奴隷に?」
「…たしかに…」

 イックス戦役で行方不明になったリンクスだったが、戦闘能力だけ見れば彼らの誰よりも強かった。気絶でもしていない限り、並大抵のことでは捕虜になったりすることは考えにくい。ましてや何があっても剣闘士としてこんなコロシアムに立つなど考えられることではなかった。あり得るとすれば、何が逃げようのない罠で、再びあの鎖…自我を奪い、人間を闘うための機械に変えてしまう『隷属の鎖教団』の鎖をつけられてしまった以外に考えられない。
 もっともタルト達には対策があった。リキュアである。元々彼女自身が奴隷商人カルトである『隷属の鎖』教団の女祭だったのだ。タルトや亡きランドセイバー達と知り合って、いろいろな葛藤の末、今やパーティーの大切なメンバーとなったのだ。今ではクーガーの母として、そしてタルトのサポート役として活躍している彼女だが、未だに隷属の鎖教団の呪文を使うことができる。つまり鎖の解呪も(理論的には)可能なのである。
 
「だったらどうする?買い取り交渉をするか?」
「それは無理よ!第一どうやってそんなお金を集めるの!?」
「それにこっちから交渉に出たら、値段は上がるかもしれません。」
「しかし…盗みだすっていっても相手が悪いぜ…」
「『盗む』なんて聞こえの悪い事言わないでよ、教育上悪いわ。」
「じゃ、どういうんだ?リキュア」
「腕ずくで取り返す、よ。取り返す」
 
 どっちにせよいっしょなのだが…とにかく相談はまとまらない。第一…金塊10本もの高値の剣闘士を買い取るなど、単なる冒険者であるリキュアたちにできる芸当ではない。かといって…盗み出したりできる相手とも思えない…相手は今をときめく大貴族、ダキア家なのである。
 ところがリキュアのアイデアはタルトの想像の斜め上を行っていた。
 
「そんなもの、値段を下げさせたらいいんじゃない?」
「え…そんな手段があるのか?リキュア…」
「だって、あれだけ強くて人気があるから高いんでしょ?だったら大負けに負けて、人気がなくなってもらえば値段だって下がるでしょ?」
「 …… そりゃそうだけど…」
「もっといい方法は、死体になってもらえば一番なんだけどね。」
「無茶苦茶言ってるなお前…」
 
 本物の死体になってしまえば、確かにただで手に入れることができる…これは間違いない。もちろんこれでは意味がないのだが…確かに妙案かもしれない …つまり …
 要するに剣闘士試合でリンクスを打ち破って…「死んだ」ということにして、生きている死体をもらってしまえばいいのである。ダキア家と帝国市民丸ごとをだます…というわけである。
 いっきに一行は嬉々となって…非常に教育上悪いような気がする「詐欺計画」を練りはじめたのは言うまでもない。

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