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8.「変わったヘッドギア!?まさか…」

 雑談とも情報交換ともつかないクレイとタルト達の談話は深夜まで続いた。帝国内部の情報や最近のサクロニアの状況(惨状というべきかもしれない)から、食べ物の話、流行のファッションの話題にいたるまで…まこと雑多な話題である。
 めったなことでは客の来ないクレイの屋敷であるから、ジョルジオの多彩な料理の技が無ければ、正直な話この大ぐらいのメンバーの腹を満たすだけの料理を作ることはできなかっただろう。肉(これはクレイがよく食べるので結構ストックがある)、魚、野菜だけでなく、きのこ、パン、お菓子など良く集めてきたと思えるくらいのたくさんの料理が、これまたジョルジオが感嘆するくらいに見事に消えてゆく。クレイが元々よく食べるのは良いとして、それ以外にもナギや育ち盛りのクーガー、女性にもかかわらず体力派のリキュアなどは食べっぷりは見事である。大体料理人というものは、自分の料理をうまいといって食べてくれる人は誰でもうれしいものなのであるから、自然ジョルジオの機嫌も非常に良い。
 タルトがちょっと驚いたことには、意外とクレイが最新の情報を知っていたということである。クレイは…今まで見てきた限りでは情報収集などということにはあまり興味が無いように感じていたし、噂では帝都の自宅に引きこもったきり、ほとんど活動をしていない…ということだった。ところが直接こうしてしゃべってみると、結構ちょこちょこと出まわって最小限度はきちんと噂の一つも集めていたらしい。それにジョルジオという強力な情報源も持っていたのであるから、意外なほど事情通だったというわけなのである。
 
 クレイとタルト達の情報を総合してみると、結局のところ帝国はあまりよい方向性に向かっているというわけではないみたいだった。イックス戦役の立役者であるベルサリウスは戦争が終わると…一応は「西部方面作戦司令長官」ということになったのだが、これは要するに閑職で…つまりは元老院はベルサリウスをもてあまして左遷してしまったのである。もっとも当のベルサリウスはそんなことは一切気にもしていないようで、自宅にサロンなどを開いて楽しげに暮らしているそうである。
 ベルサリウスに代わって羽振りが良くなったのはイックス戦役で戦果を横取りしたダキア家の面々である。当主ファイサルはこの戦果で結局4度目の執政官の地位を射止めたし、同じように何人ものダキア家の連中が属州総督などの地位につくことになった。我が世の春…というのを地で行っていたのである。
 ただし、社会情勢の方はあまり良くなったとはとてもじゃないが言えないみたいである。確かにイックス戦役の勝利で外見は万々歳なのだが、中身の方はさっぱりだったのである。
 
 帝国にとって最強の敵だったイックスが滅んだ今、帝国にとって軍事的な脅威というのはもはや存在しない状態だった。もちろんまだまだ敵対する国はあるのだが… 帝国の総力を挙げて戦わねばならないほど強大な相手ではない。…となると市民たちが享楽的になってくるのは当然だった。剣闘士試合やらギャンブル、その他さまざまな退廃的な娯楽ばかりがはやりはじめているのである。
 それにくわえて…予想以上に急速に貧富の差は広まりはじめていた。帝国の中でもこのイックス戦役で儲けることが出来たのは大貴族だけだった。普通の市民ではこのあまりの大遠征は出費が大きすぎたのである。特に属州では、軍事費による増税が相次ぎ、没落する市民や小貴族がある中で、五大家といわれる大貴族たちは富を増す…という構図になっていた。そもそもサクロニアほど生産力が高いわけではないカナンである。(奴隷制度では生産力は限界がある。)貧富の差が開いた…ということは、儲けた人の分だけ失った人がいる、ということなのであろう。
 
「なんか…帝国は足元から揺らいでいるみたいだな…」
「ああ。」
 
 タルトの言葉にクレイも…複雑な表情でうなずかざるをえなかった。

*     *     *

「タルト…おまえが俺のところに来たってわけは近況報告だけじゃないんだろ?何があったんだ?」
「ああ。そうだ。今回は…特に、な…」
 
 クレイの質問にタルトはうつむいたまま答えた。セイバーの死を話し、帝国のあまり明るくない状況を語った直後では話を切り出すには多少の気持ちの整理が必要である。少なくともタルトにはクレイが…さっきのセイバーの死と同じようにリンクスの誘拐事件に関しても興味を示さない可能性があると考えざるをえなかった。
 ところが意外なことに…クレイは話の大筋を当ててきたのである。
 
「ここにいないメンツだな…リンクスのことか?」
「!」
 
 ずばり「リンクスのこと」と言い当てたクレイに、タルトは意外そうな表情を隠すことはできなかった。あれほどクレイのことの心配し、(おせっかいとは思うが)面倒まで見たセイバーのことを忘れ、その死に無関心にみえたクレイが、それほど深く付き合っていたとは思えないリンクスの危機に敏感に反応したのである。これはさすがのタルトもいささか面食らった。(もしかするとクレイは見かけほどセイバーの死に無関心というわけではないのかもしれないのだが…少なくともまだタルトには確証が無かった。)
 しかし…ともかくこの場はクレイの助力を仰がねばならない。タルトはかいつまんでリンクスとスレイブマスター・ジークの話をクレイに説明しはじめた。

*     *     *

 話を聞いたクレイは真剣な目をしている。これは…間違いなくかなり怒りのようなものを感じているのである。
 
「放って置くことは出来ないな。それは…」
「ああ、手助けしてほしいんだ。このままじゃリンクスがまたどんなひどい目に会うか判らない。」
「判っている…判っているよ…」
 
 クレイはそう言って両手を握り締めた。その様子を見てタルトはさっき感じたことが…どうも間違いだったことを実感せざるをえなかった。そう、間違いなくクレイは、スレイブマスター・ジークという奴がどういう奴かは知らないのだが …これ以上リンクスを苦しめるなら許すことはできない、そう感じているのである。おそらくそれは、リンクスの今いる地獄は、クレイ自身の記憶に永遠に刻み込まれた過去に他ならないからだった。クレイの心にリンクスの…傷だらけの笑顔が広がっているのだろう。
 
「とにかく…俺は不器用だけど、今回の件には噛ませてもらうよ。とても…見過ごしてはおけない。」
「助かる、少しばかりジークは手強い相手なんだ。頼むぜ。」
「ああ、任せてくれ。」
 
 クレイはほとんど判らないくらいわずかに微笑んだ。タルトはクレイのわずかな表情の動きに答えるようにうなずいたのである。

*     *     *

 夜もふけて、そろそろ一行は三々五々居眠りを始めた。まだ少年のクーガーなどにはかなりこの夜更かしはきついものがあるだろう。隅の方で例の狼にもたれかかって気持ちよさそうに眠っている。(いつのまにか狼とクーガーは仲良くなっているのである。)
 主人側であるところのクレイの方もそろそろ眠くなってきた。クレイという若者(若者というにはいささか問題が大有りなのだが)は、いざとなれば1週間くらい休まなくても疲労を感じないという立派な半神としての肉体を持っているのだが、普段はいたって健康優良児的に眠くなる。いや、夜に弱いといってもいい。いつものクレイの生活サイクルから考えれば今夜は特別なほど夜更かししているのである。
 
「布団が足りないかもしれないんだが…どうする?もう眠るか?」
 
 とかなんとか…眠そうな声でクレイが言うと、タルトは笑って手を振った。彼らは無理矢理押しかけてきたのだからソファーだろうが床の上だろうがOKである。いや…その気になれば下町の方の宿屋に戻れば寝床だってあるのである。クレイに無理してもらう必要などないのである。
 仕方が無いという風にクレイは立ち上がり寝室に向かった。「夜の最高神官」というあだ名があるタルトに付き合うというのはとてもじゃないが並みの人間には、いやクレイでも無理である。明日だって明後日だって…リンクスを見つけるために作戦をするというのだから、まだまだ時間はある。今夜はゆっくり眠ればいいのである。
 ところが…その時玄関の呼び鈴がけたたましく鳴り響いたのである。

*     *     *

 呼び鈴は…「けたたましい」と今書いたばかりだが、正確に言うとヒステリックというのがいいだろう。どうも鳴らしている人は時間が無いというか、必死なのである。
 執事のジョルジオが仕方が無いという表情で寝間着で(ナイトキャップももちろん装備の上で)玄関口に向かった。クレイもちょっと気になって、部屋の陰から玄関の方を覗く。
 
「どなたですか?こんな夜更けに…」
「帝国女神神殿よりの急使です!最高神官クレイ・クレソンズ様に至急お目通りを!」
「なんですと!」
「どうしたんだ!いったい!」
 
 クレイは玄関に飛び出ると、ジョルジオに代わって扉を開けた。そこには鎧に身を包んだ一人の戦士が…恐らく帝国神将なのだろう…立っている。服の様子や何やらは傷も入って、まるで戦場から慌てて飛んできたかのようである。
 
「用件を話せ!」
「帝国女神神殿に何者かが侵入して、乱闘になっております!神将団が出動していますが、至急閣下も神殿へお越しください!」
「なんだって!」
 
 クレイはさすがに唖然とした。突然のこととはいえ、天下の帝国女神神殿が、良くわからん狼藉ものに殴り込まれているというのは、それだけで大変な問題ともいえる。相手が何者かは判らないのだが…警備責任者が無能でないとすれば、大変な相手である。
 
「犯人は!見たのか?」
「一人は格闘家らしい風貌の、大柄で金髪の男です。もう一人は剣闘士風の少年で、筋肉質で背は低く、変わったヘッドギアをつけています。」
「変わったヘッドギア!?まさか…」
 
 クレイが一瞬目をむくと、傍らにやってきたタルトがうなずいた。
 
「間違い無いぜ。あいつらだ。」
「そうか…こんなに早く、自分から出てくるとは思わなかったよ」
 
 タルトもクレイもすぐに相手の正体がわかった。そう、今話題に上っていたばかりの…スレイブマスター・ジークと奪われたリンクスである。寄りによってジークは…帝国女神神殿にリンクスを連れて姿をあらわしたのである。
 

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