ドはインバウンドのド (ショートストーリー)

 土居は、昼休みの時間に、クリスマスソングの溢れる地下街を歩いていた。
 暖冬なのか、地上にいてもダウンのコートの下は、やや汗ばんでいたが、地下は暖房と人いきれで眼鏡が曇って歩きにくい。
 耳に入ってくるのは、クリスマスの曲のほかに、雑踏を歩く人の会話。
「…最近…」

「道歩いてて、聞こえるのが日本語だったら、逆に驚かない?」
「あー、それあるよな」
 社に戻った土居は、同僚に話しかけた。
 あまりにも、日本人と見掛けが一緒で、違う言葉を話す道行く人に慣れ過ぎて、通行人の言葉が日本語だと、ちょっと驚く。乗り物の中とかはさほどでもないのだけど、すれ違った時はちょっと、ん? となる。
 歩く場所が、繁華街だったりターミナル駅だったりするせいか知らないが、やたら外国人の数が多い土地に住んでいる。
 日本人の観光客も出張ビジネスマンも多い場所だから、スーツケースを転がした土地に不慣れな人に遭遇しない日は、無いと言っても過言ではない。

「インバウンド、ていうらしいぜ」
「インバウンド。最近聞くな」
 同僚はTVのニュースもネットのニュースもよく見るらしいが、土居はあまりニュースに興味がない。
 そんな土居でも、インバウンドは聞いたことがあった。
「どんな意味?」
「一般的には、『外から来た外国人観光客』、て意味で使ってるみたい。他にも使うことがあるから、ざっくり言うと、『外から入ってくる』と思えばいいんじゃない」
「日本にいる外国人が旅行するのはインバウンドじゃないんかな」
「じゃね?」

 定時を過ぎて、帰路に就く途中、本屋に寄る。本屋に行くのは、土居の楽しみの一つだ。
 土居の足は、まず新刊・話題の書コーナーに向かう。
「何か出てるかな」
 今は12月の初め、年末が近いから、新刊・話題の書には、旅行の雑誌や観光案内がずらりと並んでいた。あと、年賀状素材のムック本とか。
 いつもなら素通りする派手な表紙の雑誌の群れ。

 その中の一つに、ふと目が留まった。
 なぜかは解らない。なぜか惹かれた。何かのお告げでもあるように。

 土居は、その表紙の雑誌を手に取り、ぱらぱらと中をめくり……そして戻した。

 外国とか、めんどくさそう。
 旅行行くのもめんどくさい。
 年賀状作んなきゃいけないし。

 土居の足は、いつもの文庫コーナーに向かった。
 向かったは向かったが、途中で逸れた。
 途中で、さっき見た雑誌の外国の関係する本が置いてあるコーナーを見掛けたからだ。

 ページをめくりながら、土居は考えた。
(脳内旅行、てのも楽しいかもしれないな)
 さっきの雑誌を買って、正月の楽しみにでもしてみるか。

 雑誌をめくりながら、土居は考えた。
 これで自分が外国に旅行しに行くなら、これが『アウトバウンド』なんだな、と。
 そして、自分がその国の、『インバウンド』になるのだ。

 なんか、物事って、うらおもてなんだな。
 そんな気がした。

                                                                                               END.


次回は『レはレプリカのレ』をお送りします。
早く『ファ』が出したい。

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