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Day29,「Pair of shoes」Inktober2020

 2014年、僕はほぼ一年程、Hiro Yanagimachi Workshopという靴工房に通っていた。工房は原宿と千駄ヶ谷の間にあり、毎日同じ電車を乗り継いで行ったり来たりを繰り返した。あの頃の僕には靴以外に無くて、一つずつ増える黒くて鈍い工具や、木型や、革だけが、頭の中にぎっしり詰まっていた。靴は僕の、全てだった。

 インクトーバーはじき終わる。あと二日で、毎日絵を描く理由が無くなる。文章も、深夜に描き上げるお題も、来年まで見ることはない。僕は九月に、並んだお題を見ながら、既にその時には、今日、SHOESに対して何を描くかで、頭がいっぱいだった。靴は、好きであるという以上に、特別だったからだ。



と、そうこう考えて鉛筆を舐めていると、不幸なことにその舐めた鉛筆に当たったのか、高熱を出してぶっ倒れた。残り三日は絵を描くのに手一杯で、文章を書くのも間に合わなかった。だから、寿司桶の中の最後の一貫のように取っていたshoesでさえ、実は11月の1日に書いている。冒頭は28日に書いていたのに、つくづく運が無い。

 話を戻そう。靴は、好きであるという以上に僕にとって特別だった。未だに何故、あそこまで突き動かされたのか、分からない時もある。これまで書いた、映画や本、音楽の様に、特別なエピソードがあったわけでもない。ただただ、いつのまにか感染したウイルスの様に、美しい靴や、それを作る人々の美しさに、取り憑かれた。人生で大切にするべきものや、熱中するものなんて、大半がそんな始まりかもしれない。だから、何故好きなのか、何故夢中なのか、うまく言葉に出来ない。ただ、特別なのだ。

今は、もう随分と靴作りからは遠ざかった。趣味で作る時計のベルトや小銭入れ、小物は、あの時の一年が生きているとは、到底言えない。高い買い物だったが、強がりでもなんでもなく、素晴らしい、意味のある一年だったとも思う。あの一年こそが、特別だったからだ。意味などなくとも、言葉に出来ずとも、特別だった。

特別に惜しみ無く時間を注げるのは、とても恵まれている。普通、いくら特別でも、他の意味のあることや、役に立つことや、向いていることに時間や金を割くべきだ。僕はとても恵まれていた。親の支援や、無制約な時間や、時代に許されて、あの時間を過ごすことが出来た。それは、周りから見れば、実に羨ましくて、喉から手が出るほど欲しかったことかもしれないと思う。あの時間を誰かに注げば、何人かの本物が現れたかもしれない、諦めた僕の様なものではなく、確かな才能を持った本物が。
だから、特別だった。素晴らしかった。無駄など、とんでもない。

 許される限り、特別に出会おう。浸ろう、浴そう。機会を与えられたのなら使わなくては。靴に留まらず、絵も、文章も、二本の足ですら与えられた機会かもしれない。
靴は特別だった。あんなに大事に打ち込んだ事など、そうはないかもしれない。そしてこれからも、たくさんと特別に出会うだろう。その度に、頭の中にそれだけをぎっしり詰め込んで、向き合おう。

SHOES

靴,短靴
a pair of shoes
靴1足
put on [take off] one's shoes
靴をはく[ぬぐ]
lace up [tie] one's shoes
靴のひもを締める
2 (馬の)蹄鉄ていてつ(horseshoe);(電車の車体下部の)集電靴か(◇レール外側の第三軌条から電流を取り込む装置)
3 (タイヤの)ケーシング,外被;(車輪の)輪止め;(カメラの)ソケット(◇フラッシュなどの部品を付ける受け口);《トランプ》シューター(◇カジノでのバカラなどカードゲームで,札を配るときに使うケース)
4 (杖・棒などの)石突き,金たが;(そりの滑走部の)滑り金;=brake shoe

#Inktober2020 #inktober #day29 #shoes #illustration #イラスト #万年筆

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