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短編小説 「森が見た夢」

林業を主産業とする山村と、そこに住む父子三世代をテーマにした物語です。 第1章 二つの篝火の光が森を照らしていた。 その篝火の前で一人の老人が能を舞っている。 その場所を囲むように、同じ生成りの装束を着た数人の男が立っていた。 低く唸るような老人の声と、地面を擦る乾いた足音が聞こえてくる。 男たちから少し離れて、一人の少年がじっとそれを見ていた。 見上げると森の上に月が出ていた。上弦の月、半月になる一日前の、弓張月と名付けられた月だった。 その光景はまるで森が見た夢のよう

    • オーストラリア 「森が見た夢」より 第4話

      目の前に広がる海を眺めていると、僕は少しの間動けなくなっていた。 海岸の岩場に腰掛け、何を撮るわけでもなくカメラを構えたまま、じっと何かが起こるのを待つかのように。 聞こえてくるのは岩にぶつかる波の音。それも穏やかな揺らぎであるために、そして見渡す限りそれ以外に音をたてるものがないために、ひとつひとつの水の撹拌を耳のそばで、若しくは耳の奥で聞いているようだった。 どのくらいファインダーを覗いていたかわからない。シャッターを切ったのは、見下ろす透明な水の中を視界の右から左へとウ

      • オーストラリア 「森が見た夢」より 第3話

        月夜。満月が眩しいほど明るかった。 しかし、思ったよりも辺りは明るくはなく、ただ、いつもの星空が無く、空がのっぺりと黒い。 遠くで犬の遠吠えを聞いたような気がした。野犬か、それともこのオーストラリアにだけ生息するというハイエナに似たディンゴなのか。彼等は、僕らがここで野営していることに気付いているのだろうか。それに対する呼び掛け、威嚇、反応を伺っている。 野生に生きるものたちからすれば、僕らはほんの仮初めの存在なのではないだろうか。彼等は、僕らが去っていくのを遠くから、じっと

        • オーストラリア 「森が見た夢」より 第2話

          200cc単気筒のたてる規則的なメカノイズ。 ブロックパターンタイヤがアスファルトを噛む音。 排気音は聞こえず、ただその二つがヘルメットの中で海のうねりのように響き続けていた。 視界にあるのは、気狂いじみた光の洪水の中に横たわる赤い土の大地、に真直ぐ北へのびる人工的な2車線の道路、のその地平線との交わる辺りは空に向かってせり上がり、溶け、まるで砂時計の砂の通過点のように、宇宙むき出しの青い空からその青を、この大地に搾り出しては流し込んでいるような景色。もしくは空へ飛び立つ長い

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        短編小説 「森が見た夢」

          オーストラリア 「森が見た夢」より 第1話

          「くそっ、なんでだよ!いい加減にしろよ、まったく!次やったら今度は面倒見ないって言っただろ。もう知らんぞ、そこでそうやって干からびてりゃいい」 僕は白昼、この上ない晴天の下で怒鳴っていた。 気温は既に40度を越えている。周りは見渡す限り赤い砂、と、ところどころに針のように硬い草と貧弱な木が生えている。 どの方角を見ても、地平線までそれが続いていた。 空には雲などなく、ただ目が眩むように青くて、何もない空間が半球状に僕らの世界を覆っていた。 そして地上にも、存在として認めら

          オーストラリア 「森が見た夢」より 第1話