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「漆黒の国」

宍道湖で沈むともなく緩やかに消えていった太陽を尻目に、鳴り続ける腹をなだめながら、僕は島根最後の夕餉を求めて歩き始めた。朝から降り続ける雨は、飽きもせず地面を濡らし路面を黒々と染めている。島根最後の食事は決めていた。日本海の赤い宝石ことノドグロである。「なんだその二つ名は、ジオン軍かよ」という気持ちはグッと喉の奥に飲み込んで、相棒の薦めるお店に足を運ぶ。カウンターにひとり座り、地酒を呷りながら待っていると塩焼きにされて現れた赤い宝石。スッと箸を入れると、得も言われぬ弾力で押し返してくる。気にせずに箸を差し込み身を割るとジュワリと溢れる脂。赤い宝石が至福オブ・ジ・イヤー2017最有力候補に躍り出た瞬間である。

数時間後、僕は至福オーラをまとったまま松江駅駅前のバスターミナルにいた。ここから深夜バスでさらに西へ向かうのだ。今の深夜バスってカーテンで1シートずつ囲われてて、ほぼ個室。とても快適な夜の旅だった。唯一の難点は、休憩で降りた壇ノ浦PAでバスを見失って迷子になりかけたことくらいか。きっと平家の呪いだと思う。「成仏したまえ」と関門橋の上から海に祈る。そうして本州に別れを告げると同時に、漆黒の闇が仄かに白んできて4日目の朝が僕を出迎えた。

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