彼女さんとの初旅行 その1「昔の2人」


僕が知らない僕が好きな曲

旅館へ向かう中で、彼女さんが、日向坂の曲を布教してくれて、
僕が好きそうな曲を順番に流してくれた。
僕は、昔から音楽を聴くのが好きなのだけれど、
メジャーな曲もマイナーな曲も、クラシックもゲーム音楽も聴く。
ただ、特定のアーティストが好きとかではなく、特定のジャンルが好きってわけでもない。
だからこそ、「どんな曲が好き?」って聞かれると困ってしまう。
僕が好きな曲を知ってる人が世界で1人だけいて、それが彼女さん。
僕が好きな曲が何故だか分かるようで、「こういう曲好きやろ?」って言われると、7割方ハマる。

今回も彼女さんが一曲目に持ってきた『ドレミソラシド』という曲が一瞬で好きになってしまった。
キャッチーなフレーズ、曲調、何より歌詞が彼女さんへの僕の気持ちと重なってしまった。

こんな好きになると思わなかった
一生分の“好き”を使い果たしそうだ
口に出せない言葉 飲み込んだまま
ドレミが止まらない
経験不足の恋さ
“ドレミソラシド”,作詞:秋元康

とにかく、良い曲を知れた嬉しさもありつつ、
彼女さんが僕以上に僕の好きなものを理解してくれてるのが嬉しかった。
「やっぱね、好きやと思ったんよ。」

って得意そうになってる彼女さん。

「『一生分の“好き”を使い果たしそうだ』ってまさに最近これなんやけど。」

「うーん、それはやめて。あと何十年分もとっておいて。」

好きって気持ちは、いつか尽きるもんだと思っていたし、
付き合う前は、3ヶ月くらいで尽きると思ってたのに、
いつまで経っても、毎日毎日好きって思えるし、
このエネルギーは無尽蔵で、僕の人間性すら変えてくれる。

気楽に

旅館について、一通りの説明を聞いて、夕飯の時間まで空き時間になった。
僕達が泊まったのは、内風呂がついてる綺麗なお部屋。
こういうご時世なので、食事も運ばれてくるので、
インドアな僕達にはとても居心地が良かった。

部屋に着いてから、何だかすごくテンションが上がってしまった。
何せ、出張とかを除けば、旅行なんて約十年ぶり。
しかも、大好きな彼女さんと2人での旅行ということで、
びっくりするくらい気分が高揚していた。
けど、旅先ではしゃぐなんてさすがに子供じゃないんだし、と平静を装っていた。

「とりあえずお風呂入る?」

彼女さんと一緒にお風呂に入ることは珍しくないっちゃないんだけど、
いつもと違う環境というのもあって、また心の中でテンションが上がった。
彼女さんが淡々と準備しているのを見て、
「うわぁ、すっごい大人だ。」なんて思いながら、
子供みたいなテンションを隠しながら、僕も準備をした。

テンションがずっと上がり続けていたので、
これはもう良くないと思って、
お風呂に浸かりながら、とりあえず彼女さんに全てを打ち明けた。

「実は・・・ここ着いてから、めちゃくちゃテンション上がってるんよね。」

「まぁ、思ってたより綺麗やもんね。」

「なんか子供みたいで恥ずかしいな、って思って。」

「彼氏ちゃんはいいんよ、それで。」

「そうかな?もうすぐ30よ。」

「私は、男の人には、ずっと心は子供でいて欲しいかな。」

「でも、それだと頼りないとか思わない?」

「それとこれとは別よ。子供の時は子供。大人の時は大人。子供の部分を全部消してしまわんでいいと思うし。
私は、子供の部分を見せても良いって思ってもらえるような奥さんになりたいなー、って思う。」

「なるほど。」

彼女さんが真面目な話をするモードに入っていたので、
僕もちゃんと本心で話そうと思った。

「けどやっぱりこっちとしては、年上とか、男だから・・・って気持ちがあるから、気を張っちゃうんよ。」

「・・・多分、世間的にはその考えってもう古いんやと思うよ。私とかはギリギリ気持ちが分からんでもないけれど、
別にそういうのに縛られんでもいいかな、って。」

前に何度かこういう話はしたことがあるけれど、いつもより踏み込んだ話をしている気がした。

「私は、彼氏ちゃんがちゃんと出来る人だって知ってるから、だからこそ私の前では気を抜いていて欲しいって思っちゃうな。」

彼女さんが、ちょっとだけ恥ずかしくなったのか顔を湯船に沈めた。僕も真っ直ぐ褒められて、そして少し“許されて”、照れてしまった。

「俺も彼女ちゃんに気抜いてて欲しいかも。」

「じゃあ、お互い、もうちょっと気楽にやろっか。最近、好き過ぎて必死になり過ぎてたかも。私も彼氏ちゃんも。」

久々にごまかすこともなく、本音で話をした気がした。
いや、普段から本音で話はしてるつもりだったけれど、
こんなに一瞬で、ストンと真面目な話が出来たのが久々だった。
付き合う前の彼女さんとはこういう風に会話してたな、と思い出した。
付き合っても2人の関係性は何も変わってないと思ってたけど、
ふと振り返ってみた時に、昔の2人と全く違うことに気づく。

もっと好きになって何が変わるんだ
昔の二人には戻れないと思う
“ドレミソラシド”, 作詞:秋元康

好きって感情が強くなりすぎていたのかもしれない。
昔の、もっともっと素直に話していた2人に戻る方法が何となく分かった気がした。

本音

何故だか分からないけど急に真面目な話をしてしまって、
ふと冷静になったのか、2人とも急に黙ってしまった。
けど、溜め込んでいたことを言えて、少しだけスッキリした。
意外と心に余裕が無くなってたのかもしれない。
だったら、この旅行中はちょっとだけそれを解放してあげたいと思った。

「この旅行中、お互いに本音で喋ってみようか?」

「本音。」

「普段は強がったりとか、恥ずかしくてごまかしたりすることとか。」

「えー、それ私がめっちゃ不利やない?普段からごまかしばっかやし。」

「でもさっきみたいに、彼女ちゃんが、本音喋ってくれたら俺ももっと深いところで思ってることしゃべれるんよ。」

彼女さんが唸りながら、悩んだ表情を見せる。
こういう時、今までだったら、僕が引き下がって「じゃあ無理しなくていいよ。」と言ってしまっていた。
多分、彼女さんへの優しさってそうじゃない。

「彼女ちゃんが、そうやって極度に恥ずかしいって思うの、俺が『無理して言わなくていいよ。』とかって言って来たせいやって最近思うんよね。」

彼女さんは、本当は言いたいのに、それを言わなくていいって言われたら。
多分、少しずつそれがストレスになっていって、今みたいにネガティブになってると思った。

「俺は、本音で話せたらスッキリするって思ったんやけど、違うかな。」

「いや、そうやと思う・・・。」

彼女さんもすごく悩んだ顔をしながら、

「分かった、頑張ってみる。」

彼女さんは、自分のことを恥ずかしがりって言うけど、
そうじゃなくて素直な人。
僕の態度に合わせてくれるから、僕が素直なら彼女さんも素直になれると思った。

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