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#002 『汝、星のごとく』 再読する読者は、もう初読の時の読者ではなくなっている。

『汝、星のごとく』 著者:凪良ゆう

思い切って参加することにした読書会・Lectioの第2回目の課題図書が、
凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』でした。

初めて読んだ、凪良ゆうさんの小説になりました。
自分にとって女性の作家さんの作品を読むことは珍しいのですが、そこは読書会の楽しみの一つ。
自分だけなら手に取らない本に出会える楽しみがあります。

美しい物としての「本」

書店で平積みされているこの本を購入し家に持ち帰って読み始めると、
やはり「小説は紙の本で読むのが心地よいな」と思いました。

特にこの『汝、星のごとく』は装丁が美しいです。
紫を基調とした写真で、最初はアメジストの結晶のようにも、花の蕾のようにも見えるモチーフがありますが、物語を読んでいくとそれがおそらく「刺繍」による作品なのだと分かってきました。
結晶のように見えていたのは、ビーズやスワロフスキーが引き詰めれられたもののようです。

カバーを捲ると本体は黒地に金色の星が描かれていて、
物語を読んだ者には、あるいは瀬戸内の島から見える夜空と「夕星(ゆうずつ)」なのだなと思えるようなものになっています。
使っている紙の質感や色も上質で、本当にきめの細やかで繊細な感性によって作られた本だなと感じました。

日本の読書文化として長くある感性なのだと思いますが、物語と物としての本は一体なのだと改めて思いました。
物語の言葉は心、紙は身体、装丁は着物のようです。
自分にとってはその全てが女性的な繊細さを表しているように感じられました。

残酷な「世間」と闘う「個」や「共同体」のために

生きるとは、なんて恐ろしいことだろう。先が見えない深い闇の中にあらゆるお化けがひそんでいる。仕事、結婚、出産、老い、金。闘う術のないわたしは目を塞いでしゃがみ込むしかない。

『汝、星のごとく』 第三章 海淵 より

物語ではある種の生々しさを感じられるような女性たちの生き様や世界観が表れています。

どの登場人物にも強いリアリティを感じることができました。
凪良ゆうさんの文体はとても誠実で解像度が高いのです。

とても偉そうな言い方になりますが、「この作家の文章は信頼できる」と感じました。
奇をてらうところは全くなく、書き手が登場人物たちを深く理解した上で書いているのだと思いました。

物語は主人公の井上暁海(いのうえあきみ)という女性と、青埜櫂(あおのかい)という男性との、それぞれの視点から一人称で交互に語るような構成になっています。

自分の感覚ですが、この作品のように男女それぞれを一人称でどちらかに偏ることなく語り、かつどちらも深いリアリティを感じさせるように立ち上げるのは至難の技に思われます。

皆様も読んでいただければ感じられると思うのですが、この物語はそれを実現しているのです。これは偉業だと思います。

登場人物の在り方はそれぞれ皆痛々しい部分も描かれています。
そして不安定な親の影響を受ける子の在り方もまた描かれています。
作中に出てくる「ヤングケアラー」というあまり耳慣れない単語が象徴的に作者の問題意識を示していると感じました。

瀬戸内の島での生活の閉塞感や、特に女性が感じ続ける地域社会の独特の「世間」のようなものがある。
「世間」からの評価と「個人の物語」との隔たりのようなものが鮮明に描かれています。
田舎だけではありません。同性愛という属性を持つ登場人物がSNSやメディアから晒され阻害される「世間」も描かれています。

この作品は単なる恋愛物語ではなく、残酷な「世間」と闘える「個」や「共同体」の在り方を示していくようなテーマを持っている作品だと感じました。

親や家族からの影響や引力(ヤングケアラー的な)を脱して、自分のより主体的な人生を生きるようもがく人や、地方や会社などの何らかの「世間」からの評価を振り切って自分が納得する人生を選択したいともがく人に是非とも読んでほしいと思いました。

再読する読者は、もう初読の時の読者ではなくなっている。

月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく。

『汝、星のごとく』 プロローグ より

この衝撃的な1行から小説が始まります。
読者は続けてこのプロローグを読み進める。
読者が持つそれぞれの家族観や価値観によってある種の批評が生まれてくるでしょう。
ある家族の風景に向かって、読者それぞれの先入観のラベルを貼っていく。
自分はそれこそが「世間」の本質なのではないかと感じました。

気づきは、読者がこの後もずっと二人の主人公と登場人物たちの物語に伴走することで得られていきます。
自分は物語を読むことで、人にはそれぞれの事情があり、一人一人の中には大切な物語があるのだと深く思わざるを得ませんでした。

エピローグまで読み終え、読者が再びプロローグを読む時、きっと本当の『汝、星のごとく』が生成され始めるのだと思います。

では!


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