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Mary Halvorson "Cloudward"

Jan 19, 2024 / Nonesuch

アメリカ・マサチューセッツ出身のジャズギタリストによる、リーダー作としては1年8ヶ月ぶり13作目。

自分が Mary Halvorson の存在を知ったのは、これの前作に当たる2枚同時リリースの "Amaryllis" "Belladonna" からだったのだが、彼女の持つ個性がいかにオリジナルなものであるかは、聴いてすぐに感じ取れた。明るいようで暗い、可愛らしいようで妖しい、知的なようで本能的…といった、あらゆる質感の中間地点、白と黒の狭間のグレーな領域ばかりを捉えた、何とも奇妙なメロディ/コードの数々に、すっかり翻弄されてしまったのだ。彼女自身はアンサンブルに対してあまり決め事を作らず、その場の即興演奏から生まれるマジックに重きを置いているとのことだが、それにしてもこの、どの場所にもピタリとはまることのない、不明瞭な場所ばかりを突き抜けんとする演奏は、やはり Mary というリーダーの確固たるイズムが全体に共有されているからだと思う。

そして本作。演奏者は "Amaryllis" と全く同じメンツで、一部に米国アートポップのベテラン Laurie Anderson がバイオリンでゲスト参加。そしてプロデューサーは Deerhoof のギタリスト John Dieterich 。こちらも "Amaryllis" と同じで、なおかつ John と Mary はかつて連名でコラボアルバムをリリースした経緯もあり、互いに勝手知ったる仲だろう。つまりは "Amaryllis" で提示した方向性をさらに突き詰めようという内容で、引き続きストレンジなセンスを発揮しつつ、ポップな方面にも実験的な方面にも幅を拡大した、充実の仕上がりとなっている。

オープナー "The Gate" は高らかなホーンの音色から始まり、なだらかでありつつ推進力のある6/8のリズムで聴き手をグイグイ引き寄せる。ただ長調と短調を自在に行き来するかのような微妙なメロディ感のため単純な高揚には向かわず、また Patricia Brennan の奏でるビブラフォンのミステリアスな響きも相まって、まるで奥底の知れない奇怪な迷路の中へと引きずり込まれていく感覚に陥る。続く "The Tower" では Mary の不協和音ギタープレイが炸裂し、そこからフリージャズ的な不定形の展開を見せる。だが往年のフリージャズに多く見られた鬼気迫る凄みと言うよりも、彼女らしい洒脱さを失わずに、子供たちが陽気におどけて跳ね回っているような遊び心を第一に感じる。だが5曲目 "Desiderata" は中盤でディストーションギターが空間を切り裂く勢いで繰り出され、一気にプログレッシブロック色が強くなり、その緊張感に思わず背筋が伸びる。最後の "Ultramarine" で綺麗に着地せず、中空に放り出されたままで終わってしまうラストも余韻を引く。即興と構築、明と暗がグルグルと交じり合うこれらのマジカルなジャズ楽曲は、聴くたびに新しい発見があると思うし、聴くたびに印象が違って聴こえる、それくらいの絶妙な深みがある。

かねてからの Mary のファンである耳聡い御仁は当然のごとく気に入るだろうし、喜怒哀楽いずれかの感情を表現した楽曲がどれもいまいちハマらない気分のとき、今作を聴けば一発でこめかみに響いてくるだろう。音の質感とはこんなにも多彩なグラデーションがあるのだという、冷静に考えれば至極当たり前かもしれないある種の真理を、このアルバムは改めて思い出させてくれる。


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