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Mk.gee "Two Star & The Dream Police"

Feb 9, 2024 / R&R

アメリカ・ニュージャージー出身のシンガーソングライターによる初フルレンス。

最初はなんとも掴みどころのない音楽だという印象だった。ボーカルは鼻歌のように力が抜けていて、リズムの拍は取りにくく、すべての音の輪郭がぼやけていて、何を思ってこういう曲を作ったのかがすぐには把握できなかった。だがこれは、個人的には My Bloody Valentine "Isn't Anything" を初めて聴いた時の印象に近いかもしれないと、ふと思った。自分が今までに聴いてきた音楽とはおよそかけ離れたフォーマットで、ひどくラディカルで実験的な、それでいてうっすらとポップな、理解できないなりに「何かがある」と思わせられる、奇妙な磁場を持った音楽。実際の音楽的にはそこまで今作とマイブラに共通点があるわけではないのだが、このアルバムはそういう類のものだと直感を得た。そして粘り強く何度も繰り返し聴いているうちに、メロディの流れが分かり、だんだん全体像が見えてきた。これは新時代のポップスタンダードの萌芽なのではなかろうか。

一番大きな影響源は80年代~90年代初頭あたりの、いわゆる MTV 全盛期にメインストリームを席巻していたポップスだと思う。ファンクやソウル由来の芳醇さを含みながら、切なくも輝かしく彩られたメロディで一世を風靡したポップソングの数々。それこそ Michael Jackson や Prince であったり、あるいは Hall & Oates とか George Michael とか…ともかく、極東の島国の歌謡シーンとも決して無関係ではない、国境を越えてあまねく人々の胸を打つ音楽の良心。それが2024年の現在において、James Blake や Frank Ocean 以降のアンビエント/ダブステップ要素を踏まえて再演された、ということかなと思う。ただそれだけでは済まないほどに今作は挑戦的だ。バース/コーラスといった通常のポップスの構造を解体し、抽象的に音が散らばった状態のトラックの中で控えめにメロディを紡ぎ、ギリギリのバランスで辛うじて歌モノとして成立させる、そういったアクロバティックな手つきがどの曲でも目立つ。

上に貼り付けた2曲のライブ動画を見れば、彼がギター弾き語りのスタイルでも十分に勝負できる魅力的なソングライターであることはすぐ分かる。繊細な情感をたっぷりと滲ませ、しかし大仰には向かわず、音の隙間にある静寂の心地良さを大切にしながら、慎重にじわじわと歌の暖かみを聴き手に伝える、そのセンスは確実に信頼に足るものだ。だが彼はそれだけでは満足しない。ボーカルやギター、キーボード、リズムトラックのすべてを細かく切り刻み、いびつなミックスで謎めいた浮遊感を醸し出し、簡単には歌の真意にはたどり着けないように複雑な迷路を仕掛けている。照れ隠しのようでもあるが、歌自体の優しさとは裏腹の刺激に溢れ、曲のあちこちに注意を払って聴き進めるうちに、実はこのメロディに対してはこの不可思議なアレンジこそが最適解なのではないかという気にすらなってくる。

そう言えば上に挙げた My Bloody Valentine も、バンドアレンジは偏執的なまでに濃密なテクスチャーを作り上げていたが、その奥に漂うメロディは至って簡素で無駄がなく、何なら童謡にも通じる一筆書きのキャッチーさがあった。方向性は違えども、Mk.gee が目指しているのもきっと同じ地平ではないか。アンダーグラウンドから全方位的に魅力が波及し、やがて時代の流れの転換点となるのは、いつの時代でもこういった野心と普遍的魅力を併せ持った作品だっただろう。まあそこまで大袈裟な話にならなくとも、このアルバムにはそれくらいの魔的なポテンシャルが潜んでいると、自分は思う。


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