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小袋成彬 "Strides"

小袋成彬

日本のシンガーソングライターによる、1年10ヶ月ぶり3作目。

Twitter で今作の感想を検索してみると、物の見事に賛否が真っ二つに割れている。なんなら自分の観測範囲では否の方が多いように見える。かなりの人が困惑している。無理もないと思う。と言うのも、今作は過去に出した2枚のフルレンスのどちらとも様相が大きく異なるからだ。

1作目 "分離派の夏" では小袋成彬自身の過去の経験をできる限り楽曲に注ぎ込み、友人のモノローグを使用してまで自分という存在をアルバムの中に投影して、洒脱な音像、抑制されたテンションとは裏腹の濃密なエモーションを表現していた。2作目 "Piercing" ではそこから一転し、開放へと向かう柔らかでポジティブなムード、複数のトラックを繋いで1曲を完成させる実験的な構成など、あらゆる面で方向性が切り替わっているのを明示した快作だった。そして今作。いずれもダブステップやアンビエントの流れを汲んだオルタナティブ R&B という大枠はずっと変わっていないし、その時々で自分の中で旬を迎えている作風を具現化していく、そういったフットワークの軽い姿勢はデビュー時から一貫していると言える。ただそれにしても、過去の作品に深い思い入れがある人ほど、今作はどう受け止めれば良いのか判断に迷う問題作だろう。

7曲36分。EP レベルのコンパクトさだが、実は "Piercing" の12曲32分よりも長い。つまり1曲1曲の質量が高くなり、全体の流れを楽しむと言うよりも、それぞれの曲の内容をじっくり噛み締める聴き方に必然的になってくる。それで1曲目の "Work" である。いきなり濃い。サウンドは以前よりもさらに音数が絞られ、そのぶん個々の音の存在感が際立っている。ビートは丸みと粘りを帯びた絶妙な質感で鼓膜にヒットし、上モノが醸し出すスウィートな味は最小限。D'AngeloPrince といった US ポップの巨人を彷彿とさせる…とはすでに多くのリスナーが指摘していることだが、ここに小袋成彬のボーカル、日本語と英語の響きを最大限に生かして軽妙に韻を踏んでいくスムースな発声の心地良さが加わると、とにかく快楽原則に忠実と言うか、プリミティブな音の痛快さがいつまでも持続して、すべての音が一切の抵抗なしに体に入ってくるのだ。このクオリティの高さには改めて恐れ入る。なおかつ歌詞がコレ。たまげてしまうほど世知辛い。人生に対する諦観がぼんやりと続く中で、曲後半になるとにわかにやる気を出しているのが嫌にリアルだ。この曲の洗練度と歌詞の泥臭さの反比例っぷりは、下手すれば過去最高の勢いなのではないか。

その後は "Rally" や "Formula" など、歌詞の第一人称を切り替えながら、恋人同士の刹那的な悲喜交々が続く。やはり超人的な技量を誇るボーカルが、派手に抑揚をつけはせず、人肌のような、心音のような自然さで、いま目の前にある瞬間を饒舌に曲へと変換していく。歌の持つ輪郭があまりにも明確なため、この歌の中に小袋成彬というパーソナリティを詮索しそうになってしまうが、数曲に宇多田ヒカルの名前がクレジットされているのを見て「歌詞の内容と演者本人がリンクしているかどうかなんて、今日の下着が何色かと同じくらい音楽と関係ないこと」という彼女のインタビューでの発言を思い出す。それまで演者=歌詞なタイプのミュージシャンばかりを偏愛してきたため、ついついそういう風に歌詞を読んでしまいがちなクセがついていたものだから、あの発言を最初見た時は本当に頬に平手打ちを食らったような気持ちになったものだ。しかしそれでも、今作での小袋成彬による歌詞含めた歌の表現は、以前よりもさらに具体的でわかりやすくなっているのもあり、言葉の端々に潜む感情の機微が、彼本人かもしれないし別の誰かかもしれない、ともかくリアルなひとつの人物像を結んで眼前に迫ってくるのだ。

総じてそこまで目立った革新性があるわけではないが、普遍的な歌モノかと言われると確実に違う。これまで以上に言葉の意味、痛々しいまでのリアリズムを孕んだエグミを突き付けられるため、そこで引き込まれるか拒否反応を示すか、これまでのファンもがっつり篩にかけられる。自分はと言うとそのちょうど中間の、ある意味一番居心地の悪い気分にさせられている。歌に触れるのに少しばかり怖さを覚えるが、どうにも離れられずにいるのだ。もしかしたらこれは峯田和伸や五十嵐隆に抱いている感情に近いような気もする。"分離派の夏" では過去に、"Piercing" では未来に目を向けていた。ここでの彼は徹底して今現在のみに目を向けている。洗練された音像と成熟した音楽性に包み込まれた、刹那の中で燻ぶる感情の揺れ。優美なベールを注意深く剥がしてみれば、そこにあるのはこれまでで最も刺々しい劇物なのかもしれない。

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