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@ "Are You There God? It's Me, @"

Jan 12, 2024 / Carpark

アメリカ・フィラデルフィア出身のギタリスト Victoria Rose と、ボルチモア出身のプロデューサー Stone Filipczak によるユニットの初 EP 作。

昨年の初フルレンス作 "Mind Palace Music" は、厳密には2021年にリリースした作品のリイシューということだったので年間ベストのリストからは除外したのだが、なかなかにインパクトの強い代物だった。匿名性の極みのようなユニット名、Web1.0 時代へのオマージュと思しきシュールなアートワーク。絶対に Vaporwave の一派だと信じて疑わなかったのだが、実際に蓋を開けてみれば、出てきたのはアコースティックギターとピアノ、そして涼やかな歌声で構成された真っ当なフォークポップ。聴き手を選ばずに響くであろう素朴で美しいメロディの数々に、逆に頭の中が疑問符で埋め尽くされてしまった。まあよくよく考えれば、名盤の誉れ高い Nick Drake "Pink Moon" なんかも、ジャケットは奇怪だけど中身はシンプルな弾き語りフォークだったりするし、盤は見た目によらないということは常に肝に銘じておくべきかもしれないが…。それにしてもこの2人の作る音楽は、聴き心地が良いという点以外にどういう場所を目指しているのかよくわからなくて、その飄々とした佇まいや得体の知れなさが、楽曲自体の魅力を明後日の方向に捻じ曲げているように感じられたのだ。

それから実質的に3年の月日が経過し、久々のリリースとなった今作は、その前作をほとんどなかったことにする勢いで音楽性を変貌させており、またさらに疑問符が頭から溢れ出した。なんなんだこの人たち。

1曲目 "Processional" から意識の変化は手に取るようにわかる。シンセサウンドとクラシカルアレンジを組み合わせた曲調で、SF ファンタジー映画を想起させる大仰な世界観を見せるが、チープな音色はどこかノスタルジックでもあり、ファニーな愛らしさもある。以前より音数は段違いに増え、フォーク由来の素朴さはハイパーポップ的な刺激に置き換えられており、曲の始まりから終わりにかけて徐々に高揚を高めていく構成で、先の見えないスリルと遊び心が伸びやかに表現されている。続く "Webcrawler" はさらに凝っていて、ミステリアスなジャズポップ調で始まったかと思えば、歪んだギターが次第に割り込み、卓越した速弾きソロも交えてプログレッシブメタルの領域へと突入していくのだから、さすがに目が回ってくる。3/5/7の奇数拍子を巧妙に組み合わせてスムースな流れを作り、一見相反していそうな要素をダイナミックに接続してみせる高度なスキル。これをいかにも高度でございといった風には聴かせず、さり気ない調子で洗練されたポップソングの地平に着地させているのだから恐れ入る。最後の "Soul Hole" は R&B ポップに最も接近している楽曲だが、無機質なエディットを施して重ねられたコーラスが醸し出す浮遊感、キュートさと亡霊のような不気味さが綯い交ぜになった微妙な質感は、中毒性があってやけにキャッチーだし、一筋縄ではいかない良い意味での違和感が常にある。

そもそもこの2人はコロナ禍真っ只中の2020年に活動を開始し、各自の宅録音源をデータ交換するリモート作業で制作のほとんどを済ませていたとのことだが、それにもかかわらず互いの呼吸を親密に合わせたフォークソング集を作り上げているのだから、どんな音楽でもやってやれないことはない、制約はどこにもないということを "Mind Palace Music" の時点ですでに実証していたのだ。隔離が終わってポストコロナ期となった現在でもそのスタイルはあえて崩さず、アティテュードをそのまま今作に持ち込んで、さらに自由な発展を遂げてみせた。短い尺の中に実験的アイディアを詰め込み、大胆でありつつも至ってナチュラルな流麗さでまとめ上げたミュータント・ポップソングは、今後もまだまだ進化を続けていくであろう余白を期待させてくれる。

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